農業と生態の深い結びつきからもそれはわかる。最近、花蓮区農業改良場と慈心有機発展基金会との協力で推し進められている水田のグリーン保護認証制度では、アシナガグモ、チャイロテントウなどの虫を、水田の生態状況を診断する指標にしている。そしてこの新たな方法で、花蓮富里で農業に従事する7名がグリーン保護の認定を受けた。彼らは農業生産を行いながら、積極的に生態環境保護に尽力している。
かわいいテントウムシは愛されるのに、クモは怖がられ嫌われる。だが、花蓮富里の有機栽培水田では、どちらも役に立つと歓迎されている。なぜなら、クモもテントウムシも数が多いほど、その水田は農薬に汚染されておらず、健康で豊かな生態を持つという証明になるからだ。
花蓮区農業改良場の黄鵬・場長によれば、花蓮では1994年から稲作の有機栽培を始め、現在では花蓮と宜蘭を合わせた有機栽培水田の面積は、台湾全土のそれの53%に及ぶ。台湾で最大の有機栽培米の生産チームは花蓮富里にあり、また当地は、台湾の有機栽培米を初めて日本へ輸出するという快挙も成し遂げた。「輸出は安全性と品質の保証になります」農業は近年、有機栽培や健康を追求するだけでなく、いかにして生態保護に結びつけるかを思考するようになった、と黄・場長は言う。
生物の多様性を示すコード
生物の多様性において、水稲田は地球で最も豊かな生態系の一つだと言える。国際農業研究協議グループも、農業による水稲田地と水生植物の多様性保護を2010年に提案した。
台湾の水田面積は計15万ヘクタールあるが、コメを生産するだけでなく、多様な生物を育む面積最大の「人工湿地」でもある。水鳥やカエル、トンボなどがそこで繁殖し、エサを求める。
農業委員会花蓮区農業改良場の范美玲・副場長は、3年前から有機栽培田と、そうでない水田で、生物の多様性にどのような差があるかを調査している。調査地として選んだのは、コメの有機栽培を最も長く行ってきた花蓮富里で、水田に広く生息する無脊椎動物群集を研究対象に、3年間で240種(有機栽培水田213種、非有機栽培水田181種)の昆虫について記録した。
その結果、数でも種類でも有機栽培田のほうが豊かなことがわかった。2013年稲作第一期では、有機水田で188種の品種が見つかったのに対し、非有機水田では137種しかなかった。
同研究によれば、田畑の生物には、害虫、益虫、無益無害の中性種がある。それらを採集して鑑定し、統計を取った結果、最も代表的な益虫はヤサガタアシナガグモとチャイロテントウであり、有機栽培田と非有機栽培田での両者の個体数の差が最も大きいことがわかった。0.25ヘクタールでの40回の採集における平均は、有機栽培田でアシナガグモが93.1匹、チャイロテントウが30.4匹、一方、非有機栽培田ではアシナガグモが38.8匹、チャイロテントウは16.4匹だった。
范・副場長はこう付け加える。クモとテントウムシは肉眼で見えるので観察しやすいだけでなく、農薬や干渉にも非常に敏感なため、指標として選ばれやすい。クモはとりわけその傾向が強い。「田んぼに薬をひと撒きするだけで、クモの個体数は大きく減少します。海外の研究でも、農薬散布はクモの繁殖率を下げるほか、次世代の捕食能力も低下させることがわかっています」
農家の人々による観測方法も簡単で、定期的に採集を行ない、この2品種の数を調べるだけだ。基本数の80%に達していれば、豊かな生物を育む健康な田だと言える。
有機vs.エコ
花蓮富里で有機栽培が始まって20年、現在ではアシナガグモとチャイロテントウを指標とした、水田「グリーン保護」認証を受けられる。農家自ら観測を行えるため、鐘仙賜さん、潘文徳さん、頼進雄さんなど7名がすでに計6.5ヘクタールの水田で、基金会による「グリーン保護農産物」の認証を取得した。
慈心有機農業発展基金会の蘇慕容・事務局長によれば、水田の生物多様性は、害虫予防や授粉にもメリットとなる。つまり、生態のバランスが取れていれば、人間が過度に手を加えなくても種同士が制御の働きをするので、生産と生態の両方にとって利となるのだ。
グリーン保護認証は、順調とは言えない有機栽培認証制度に新たな道を開くかもしれない。
台湾の農地面積80万ヘクタールのうち、有機栽培認証を受けているのは6027ヘクタール、つまり1%にも満たない。
蘇・事務局長はこう指摘する。台湾の有機栽培認証数は8年ほどは急速に成長していたが、この4年ほどは頭打ちだ。原因は、適した土地が見つかりにくいことと、補助額が減ったこと、農薬検出ゼロという条件が厳しいことなどである。
この状況を打破するため、慈心基金会と林務局は5年前に共同で「グリーン保護」認証を推進、品種の希少性と固体数を認証の基準とした。花蓮ではすでに、タイワンコノハズク、コウライキジ、カンムリワシ、カンムリオオタカなどの希少種によって認証を得た農家がある。ほかにも、官田のレンカク、茂林のルリマダラチョウ、坪林の「翡翠樹蛙(アオガエルの仲間)」など数十種の希少生物で、グリーン保護認証を得ている。
今年、慈心基金会はアシナガグモとチャイロテントウ、そして生息地環境作りをグリーン保護の基準に加えた。蘇・事務局長は、有機栽培の概念拡大につながれば、と期待する。
虫によって虫を制す
グリーン保護の考えは、農家にとっても「虫とともに害虫退治」という発想転換となった。
花蓮銀川永続農場の女主人、梁美智さんはこう語る。かつては害虫を見つければ夜も寝られず、必死になって害虫と格闘し、挙句に失敗に終わった。「実は多くの助っ人を神様が遣わしてくれていたのに」。以前は有機資材で害虫駆除をした結果、脆弱な益虫から先に死んでしまい、かえって害虫が増えたが、今では益虫が暮らしやすい環境にして害虫を食べてもらっている。「1匹のアシナガグモが4匹のウンカを食べてくれます」
61歳の鄒意堂さんは、最初にグリーン保護の認証を受けた農家のうちの一人だ。稲の有機栽培を始めて17年になる。有機栽培は高く売れるが収穫は少ない。最大の収穫は健康だという。グリーン保護で、ずいぶん楽にもなった。「以前は草引きや生物的防除と、大変な仕事でしたが、今は彼らに任せておけばいいですから」と笑う。
「何もせず、虫によって虫を制す」というと簡単に聞こえるが、実際は何もしないわけではない。それには健康な生息地造りが必要だ。
よく知られていることだが、田んぼ周囲の道や灌漑水路などのコンクリート化だけでなく、農薬や化学肥料の残留で、水田の生態系は破壊が進んでいる。台湾では「田辺草」と俗称されるコヨメナや、「田草」の別名を持つ仙草など、水田周辺によく見られた野草も姿を消した。まして子供が田んぼに入ってドジョウやオタマジャクシを捕まえるといった光景はとっくに見られない。
雑草は昆虫の家
どのようにすれば、虫の住みやすい環境が作れるのか。范・副場長によれば、植物と生態池の多様化は、昆虫などの生物を育むだけでなく、水質や土壌の保護機能も果たすという。したがってグリーン保護認証では、除草剤や化学薬剤を使わないこと、コンクリートのあぜ道は土壌で覆い、緑化する、或いは周囲の空き地を緑化することなどを要求している。
また、花蓮農業改良場改良課のアシスタント研究員である游之穎さんは、保護したり、新たに植える植物は、地元原生の植物が主となると言う。例えば、ヤブヘビイチゴ、トレニア、ディコンドラ、ツボクサ、トキワハゼなどは、田畑周辺でよく見かける。20~30センチの高さになって花をつけるハハコグサ、ドクダミ、マツバボタンなどは田畑の両側に植えるのに適している。植物相が多様化した後は、歩くのに邪魔になるほど伸びたものだけを抜くようにすればいい。
ほかにも、外部からの汚染を防ぐ緑の垣根も益虫の生息地を育む。トウワタ、ブッソウゲ、ハリマツリなど、花期が長く、成長しやすい植物は、収穫の終わった田んぼの空白期にも、アシナガグモやチャイロテントウの棲み家になってくれる。
優れた生息地ができれば、それが良い循環となる。アシナガグモやチャイロテントウが増えれば、田んぼに穴が開いているのに気づくだろう。それはドジョウが戻ってきたしるしだ。鳥の卵も見つかるかもしれない。
さまざまな虫や魚、鳥たちが田んぼに帰って来たということは、生産と生態の両面で勝利を得たということだ。まずはアシナガグモとチャイロテントウを迎えることから始めよう。
可愛らしいチャイロテントウは、水田で最も人気のある天敵種のひとつである。
湿地は生物多様性が最も高い生態系の一つである。写真はアオガエルの仲間。(慈心基金会提供)
生物多様性の新指標でグリーン保護認証を取得した花蓮県富里の農家7人。(慈心基金会提供)
網で採集した昆虫は、花蓮農業改良場の研究員がビニール袋に入れ、持ち帰って鑑定する。
環境が健全であれば、昆虫も魚も鳥や動物も田んぼに戻り、鳥はここに卵を産む。
農薬や干渉に敏感なアシナガグモは、水田の環境観測における代表的な指標生物である。