台湾の「月亮蝦餅」
では、月亮蝦餅(エビのすり身を春巻きの皮で挟んで揚げたもの)はどうだろう。
多くの台湾人は、月亮蝦餅はタイ料理だと思っているが、タイに旅行に行ってはじめて現地のものとは違うことを知る。現地のものはトートマングンという名称で、サイズが小さく、エビのすり身にパン粉をつけて揚げてある。そのため、月亮蝦餅は、正真正銘のmade in Taiwanだと言う人もいる。
そこで、この料理が生まれた経緯を知るために遅恒昌は台湾の複数のレストランのシェフに話を聞き、バンコクで実地に調査もした。彼が、シェラトングランド台北ホテルのタイ料理レストラン「スコータイ」のタイ人総料理長Sudsaidee Phonlaphatに話を聞いたところ、月亮蝦餅はタイ王室のレシピだということだった。また、台北市公館にある老舗レストラン「泰国小館」の二代目オーナー周瑪莉も、これはタイ料理だが、タイの現地では高級なシーフードレストランでしか食べられないと語ったという。これを確認するために遅恒昌はチェンマイとバンコクの高級レストランを訪れたところ、月亮蝦餅と同じ料理が提供されていたのである。
しかし、厳密に言うとレシピには著作権はなく、この料理が生まれたのがタイであれ台湾であれ、どちらの説にも確実な証拠はない。月亮蝦餅の歴史は謎のままなのである。だが、一つ確実に言えるのは、食文化は常に流動しているということだ。一つの料理がどこかに出現することは、人の移動に関わっており、その文化的背景や知識や技術の継承と革新にも関わってくる。誰の発明かにこだわるより、その背後にある意義を考えるべきであろう。
月亮蝦餅は台湾人の発明かも知れないし、そうでないかもしれないが、台湾では現地タイより流行していることは確かだ。台湾のタイ料理店に欠かせないメニューとなっているだけでなく、冷凍食品としてスーパーやコンビニでも売られていることからも、この料理がいかに台湾人の暮らしに根付いているかがわかるというものだ。
イギリスで生まれたカレー「チキンティッカマサラ」はイギリスの国民食とされているのだから、月亮蝦餅も台湾料理と言って何の問題もないと遅恒昌は考えている。小龍包や左宗棠鶏、椒麻鶏のように、すでに台湾人の暮らしに根付き、しかも世界に知られ、外国の人々がこれらの料理から台湾を連想するまでになっている。そうであるならば、これらが台湾料理であることに疑う余地はないだろう。
台湾で生まれながら「温州」の名を冠したワンタンスープ。刻み海苔をのせれば見た目もよく、おいしくなる。
曹藎茞に師事した彭長貴は台湾でレストラン「彭園」を開き、たくさんの有名な料理を開発した。生菜蝦鬆(エビと油條のレタス包み)、左宗棠雞(揚げ鶏のピリ辛炒め)、富貴双方(蜜漬け金華ハムと揚げ湯葉のサンドイッチ)などである。
外国人の台湾料理に対する偏ったイメージを覆すため、魏貝珊は台湾料理レシピ集『台湾製造(Made in Taiwan)』を出した。食を通して台湾文化の多様な姿に触れてほしいと考えている。
台湾のタイ料理レストランの多くは、タイ、ミャンマー、雲南の食文化を融合した料理を出しており、台湾の多様なエスニック文化を反映している。
生まれた場所がタイであれ台湾であれ、台湾で大人気の月亮蝦餅は、すでに台湾人にはお馴染みの料理である。