お茶のある穏やかなひととき

茶器と茶芸の美
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2019 / 3月

文・黃淑姿 写真・林旻萱 翻訳・山口 雪菜


茶芸と茶道は中国の茶文化の核心である。「茶芸」とは、茶を作り、淹れ、味わう技術を指し、「茶道」とは、それらの過程において、心と感覚を通して茶芸の雅を感じ取り、それを内在化して生活に取り入れていくことを指す。


器は茶の父

茶器は食文化や茶文化とともに発展してきた。二千年余り前の前漢の時代にも、茶を淹れるという記載があるが、当時は茶器という名称はなく、食器とされていた。唐代になると経済が発展し、茶もよく飲まれるようになる。茶を語るには唐代を語らないわけにはいかない。茶器は唐代に食器から独立し、重要な日用品となった。その時代、茶を淹れるには、火であぶり、挽き、濾過して沸騰させるという四つの手順があり、製茶や保存のための茶器や道具も多かった。

唐の陸羽が著した『茶経』「四之器」には、茶器に関して数千字にわたる記載がある。火を起こし、水を用意し、茶葉を煮立て、飲み、片付け、仕舞うまでのそれぞれの用途において茶器を分類しており、合わせると28種類にも上る。

南宗の審安老人による『茶具図賛』には茶具12点が描かれ、それらを雅に「十二先生」としている。後の文人は「茶、水、器」を茶道三君子とし、水を茶の母、器を茶の父と称した。

茶と茶器の歴史

唐の時代、団茶(茶葉を型に入れ、干し固めた固形茶)を飲むときは、団茶をあぶってから細かく挽き、沸騰した湯に入れて赤く煮立て、青磁に注いで色を楽しんだ。宋代には点茶が流行した。点茶とは粉末の茶に湯を注いで団子状にし、そこへ水を注いで茶筅で白く泡立てたものだ。そのため黒い器が好まれた。

明や清の時代、さらに民国になると、固形茶ではなく散茶が主流になり、煮立てるのではなく湯を注ぐ方法に変わった。そのため黒い器ではなく白磁が好まれるようになった。明代には蓋つきの器が使われ始め、後に宜興の茶壺(急須)が好まれるようになる。

台湾では第二次世界大戦後から1970年代まで、暮らしにゆとりのある文人雅士は小さな急須で功夫茶を淹れ、一般の人々は大きな急須を用いていた。また家の前に大きな茶桶と茶器を置いて、通りすがりの人々に供する家も多く、それが台湾の大きな特色となった。

1983年に陶作坊を設立した林栄国は、当時盛んだった茶芸文化を題材に古典的な急須を作り、茶芸館で販売し始めた。芸術創作ではなく、専攻した工業デザインを活かして日常生活に役立つデザインを目指した。改良と技術開発を進め、麦飯石の構造から発想を得て台湾陶土と天然の鉱石を混ぜてオリジナルの老岩泥陶器を生み出し、これが台湾を代表する茶器の一つとなった。

茶器が茶葉を活かす

「良い茶器は、良い茶葉の色と香りと形を引き出します」と林栄国は言う。茶葉の違いによって使うべき茶器も異なる。例えば、龍井や碧螺春などの不発酵緑茶や軽発酵の烏龍茶などは、ガラスの器や懐汝シリーズの磁器を使うといい。1270度の高温で焼かれた磁器は肌理が細かく、茶の香りと色を際立たせる。

紅茶やプーアールなどの重発酵、または熟茶は、紫沙や麦飯石構造の老岩泥陶器を用いると良い。材質の密度が低く、気孔が大きいため不純物が吸収され、茶の甘味を引き出す。

茶道の精神

唐代の僧、皎然の詩「飲茶歌誚崔石使君」には「熟知茶道全爾真、唯有丹丘得如此」とあり、ここで初めて「茶道」という言葉が使われた。「茶を飲むことは精神を清め、道を得しめ、真を悟らせる。この味わいは仙人の住む丹丘を得るかのようである」という意味だ。唐代には仏教が栄え、仏に花を供える魏晋の習慣を受け継いでいた。唐宋の文人は、茶を飲むときに、花を摘んできて茶席に添え、それを楽しんだのである。

宋代には「茶、画、花、香」が生活の四芸とされて生活の美を強調し、美しいものを愛でることが情操を豊かにするとされた。こうした美の経験が宋代以降、中国文人の基本的な教養となり、周辺諸国へも広がっていった。

明代以降の500年、複雑だった茶文化はしだいに簡素化していった。唐や宋の煮茶、点茶とその道具は衰退し、素朴な散茶が主流となり、茶を飲み、花を愛でるというのが生活の質の象徴となった。それが庶民にも広がっていき、来客を茶でもてなし、花を贈るという行為が暮らしの一部となった。

こうした傾向が受け継がれた清代には、文人が茶器のデザインに参画するようになった。紫沙壺(急須)に刻印や書画を施して茶器の芸術性は高まった。この頃、茶は人々の暮らしの一部となり、「柴米油塩醤酢茶」という日常の必需品の一つとなったのである。

台湾茶文化の新たな道

台湾で茶葉の栽培が本格的に始まったのは清の同治年間(1856〜1875年)である。イギリスの商人ジョン・ドットが福建省の安渓から茶の苗を持ち込み、それを台湾で栽培して輸出を開始した。游淑真の『台湾茶芸発展策略研究』によると、台湾の茶文化は三つの段階に分けられる。1980〜1990年の茶芸館ブーム、1990〜2000年の茶芸文化確立期、2000〜2015年の茶席多様化期である。

1970年から80年代の後期にかけて、台湾経済は発達し、金銭的にも時間的にも余裕を持てるようになった人々が生活と食を追求し始めたことから、茶葉は輸出から国内販売へと移っていった。1969年に台湾初の茶芸館である陸羽茶館が台北にオープンし、それ以降、各地に次々と茶芸館が開かれ、茶を味わう社交やレジャーの場となった。1981年には初の茶芸団体「中華民国茶芸協会」が設立され、台湾茶葉の父と呼ばれる呉振鐸が初代理事長に就任した。彼は茶葉の生産、製茶、販売や、茶と生活の美などの推進に取り組んだ。最近は社会の変化と不景気のために、茶芸館の数は激減しているが、茶文化が消失したわけではなく、茶のコンクールや茶業博覧会などの活動は続いている。

戦後から今日まで、台湾では文化が蓄積され、茶会や茶席といった形態は、当初のシンプルな形からしだいに発展し、生け花や書道、香道、音楽、舞踊などの芸術と組み合わせて行なわれるようになった。茶は喉の渇きをいやすものであるとともに、精神的な喜びととらえる人が増え、茶芸と花芸を融合した多様な茶席が増えてきた。陶作坊でも、音楽家やデザイナー、茶人や花芸師などと共同でティー・パーティを催すなど、ファッショナブルな要素も加わっている。中華花芸文教基金会の花芸教師である王玉鳳は、結婚式を挙げるカップルに求められて披露宴にレトロな婚姻の茶席を設けたことがある。古い時代、茶でもてなした「茶礼」の風景を再現したものだ。中華花芸基金会の推進によって、茶と花の結びつきがよみがえりつつある。

茶と花の対話

茶芸と花芸の対話は、物質と精神の結びつきでもある。「芸」のみで「道」がなければ、それは物質レベルの満足にすぎない。また「道」のみで「芸」がなければ哲学的、観念的な空虚な理論に陥ってしまい、「全爾真」の茶道とは言えない。これまで茶席を多数設けてきた王玉鳳も同じように考えている。2010年1月、彼女は南投県の石家老梅園で台中茶聯梅花茶会を催し、台湾各地から400人余りの茶人を招き、梅の木の下に茶席を設けた。「座卓や明朝式の家具を置き、日本の茶道も加わりました。鼓を座卓変わりにしたところもあり、趣がありました」と言う。塩を用いて雪梅を演出する茶人もいたという。そして当日、最も優れた花芸師は大自然だった。大地を花器として梅の一本一本が素晴らしい姿を見せてくれたのである。「梅の清々しい香りがただよい、時に花びらが舞って茶杯に落ち、それは素晴らしいひとときでした」

このように雅な茶会を催すには周到な準備が必要となる。茶会の費用はどうするのか。数百人にのぼる茶人をいかにして一堂に集めるのか。屋外の梅園で、雨天となった場合はどうするのか。茶会の動線や式次第はどうするのか、などである。このほかに、王玉鳳はカメラマンを手配して茶会当日のさまざまな光景を写真に記録し、また茶人たちに感想を書いてもらい、写真も入った文集を作成して茶会の精神を残した。

茶と人との対話

茶席では、茶と花の対話だけでなく、茶と人との対話もある。小さいものでは茶器の配置から大きいものでは環境全体の整え方まで、和やかな場を演出する。まず物質面として茶器や花を配置することで屋内、屋外の空間を掌握でき、そこへ、茶席のテーマや理念と文化意識などの精神面を融合させる。王玉鳳の日月茶会では、テーマは日月潭の紅茶の美を味わうことで、彼女は、地元である南投県魚池の渋水窯の茶器と水沙連の湧き水を用意し、そこへ南投県埔里の紙工芸をあしらった。こうすることで、大地と文化から生まれた茶の風情を醸し出し、茶の味わいをより豊かなものにした。

王玉鳳から茶や挿花を学ぶ生徒たちにその理由をたずねると、誰もが「浣花草堂」の芸術的、文化的空間が好きだからだと答える。また、王玉鳳とともに時間を過ごすことで、せわしない日常生活においても、自然と心が落ち着いてゆったりと過ごせる空間で、茶や花を楽しめることに気付かされるからだという。

茶も花も自然が生んだ植物である。茶と花が対話し、快適かつシンプルな暮らしを追求する時、花を飾る者は植物の生命の美を尊重するとともに、主役である茶の輝きを奪ってはならない。そのため、茶席で花を生ける花器はてのひらに載る大きさがよく、花が鮮やかな場合は小さめの枝を選ぶ。茶と花の関係においては、花の内なる美を重んじる。「梅蘭竹」を君子に喩えるように、自然な趣のある限られた空間において、一杯の茶と一輪の花を愛でることが、私たちの心をより豊かにしてくれるのである。

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情生意動的茶文化

茶器、茶藝之美

文‧黃淑姿 圖‧林旻萱

茶藝與茶道,是中國茶文化的核心。茶「藝」指的是製茶、烹茶與品茶等藝茶之術。茶「道」是在具體的製茶、烹茶與品茶的過程中,學習、領悟茶藝的幽靜清雅,透過心靈體察與感悟,內化這份情意,修身養性,並展現在日常生活的一動一靜當中。

 


器為茶之父

茶器的發展,與飲食、喝茶的時代風氣密切相關。早在兩千年多年前的西漢,就有烹煮茶飲的文字紀錄,不過當時並沒有茶器這個名稱,統稱為食器。唐代經濟繁榮,飲茶風氣興盛,「言茶必曰唐」,茶器開始自食器中獨立出來,成為重要的生活用具。唐代推崇煮茶,當時要喝到一杯茶,至少需要經過火烤、研磨、過濾和沸煮4個程序,加上茶的製作與保存所需,茶器、工具繁複。

唐朝陸羽在《茶經.四之器》裡洋洋灑灑寫了數千字,按照生火、用水、煮茶、品飲、清潔、藏陳等用途,將茶器加以分類;細數一整套飲茶用具,數量多達28種。

南宋審安老人撰寫《茶具圖贊》,將當時常用的12件茶具一件件畫出來,雅稱為「十二先生」。後來文人將「茶、水、器」合稱為茶道三君子,將水比喻成茶之母,器是茶之父,茶文化發展逐漸成熟。

合則雙美

茶與茶具,合則雙美,如唐代喝團茶,茶團烘烤過後碾成細末,放入沸水中煮出紅色茶湯,搭配越窯燒製的青瓷,最是顯色可愛。宋代鬥茶成風,所謂點茶,是在茶末裡加點沸水點成茶膏,再加水用茶筅角打茶湯,泛出乳白色茶沫,所以愛用黑盞。

明、清以至民國改喝散茶居多,並改煎煮法或點茶法為沖泡法,所以捨棄黑盞而改用白瓷,明朝發展出蓋碗,後來則有備受喜愛的宜興陶壺。

在台灣,二次戰後到1970年代,少數生活有閒暇的文人雅士會使用小壺泡功夫茶,民間大都用大壺泡茶喝,積善之家會在門口放大茶桶跟茶杯,供路人飲用解渴,奉茶因而成為本土飲茶的一大特色。

1983年,創立陶作坊的林榮國,選擇以當時蓬勃發展的茶藝文化為題,創作經典小壺,在茶藝館裡販售。從一開始,就決定不走純藝術創作陶瓷,希望能發揮所學的工業設計,讓人們在日常生活中也能用到好器皿。後來持續改良、開發技術,一款以麥飯石的結構為靈感,使用台灣陶土結合天然礦岩材質所開發出的獨家老岩泥陶器,經多次高溫燒製,聚溫性強,泡出來的茶特別潤口,成為台灣具代表性的陶茶器。

以器引茶

如何以器引茶?「好器泡好茶,好的茶具可以充分體現茶葉的湯色、香氣、形態。」林榮國說,不同的茶葉需要配置不同的茶器,比如:龍井、碧螺春等不發酵綠茶,跟台灣清香型烏龍等輕發酵茶,可選用透明玻璃杯,或懷汝系列瓷器。1,270度高溫燒製的瓷器,胎質細密、質感柔潤,這種密度大的茶器最能展現茶香,觀賞茶芽舒緩開展的風姿,也能突顯茶湯鮮綠。

紅茶與普洱茶等重發酵或全發酵熟茶,選用紫砂茶器,或是仿麥飯石結構的老岩泥陶器,使用台灣陶土結合天然礦岩材質,經多次高溫燒製,聚溫性強,加上材質密度小,氣孔大能吸附雜質,最能帶出甘醇茶湯滋味。

茶道的精神況味

「熟知茶道全爾真,唯有丹丘得如此」唐僧皎然《飲茶歌誚崔石使君》的詩,最早提出茶道一詞,意思是說,飲茶能清神、得道、全真,此中況味,成仙的丹丘子最能體會!唐代佛教盛行,承襲了魏晉插花供佛的習慣;唐、宋文人喝茶時,也會摘來少量花草點綴茶席,自得其樂。

宋代進一步將「點茶、掛畫、插花、焚香」並列為生活四藝,強調生活中無一不美,既滿足眼耳鼻舌身意,也在藝術審美中引動內在情意,逐漸提升個人的生命自覺。這樣的美感經驗,在宋代之後成為中國文人生活的基本素養,並外傳而影響周邊國家的美學發展。

明代以降,近五百年來的茶文化化繁為簡,唐宋以來繁複的煮茶、點茶工具逐漸退居歷史舞台邊緣。明代不流行鬥茶,以樸實的散茶沖泡見長,喝茶、賞花成為生活品味的象徵,士人階層雅文化元素逐漸擴散至民間老百姓俗文化中,使敬茶、送花普及成為民間生活習俗與禮儀一部分。

清代延續前朝的淡雅。這時期,文人積極參與茶器的設計,如在紫砂壺上刻印、寫字與作畫,提高茶器的藝術含量。此時,喝茶成了開門七件事「柴米油鹽講醋茶」之一,顯示民間普遍已有飲茶習慣。

台灣茶文化新追求

台灣茶的規模種植,始於清同治年間(1856年~1875)英國商人約翰杜德至福建安溪取茶種移植台灣後外銷。游淑真在《台灣茶藝發展策略研究》中,將台灣茶文化發展分成三個階段:1980~1990年茶藝館風潮期、1990~2000年茶藝文化建立期、與2000~2015年茶席多元秀異期。

1970至1980年代後期經濟富裕,人們有了餘暇,展開生活與飲食的新追求,茶葉開始由外銷轉為內銷。1969年,陸羽茶館──台灣第一家茶藝館──在台北成立,此後各地紛紛開設茶館,成為重要的品茗、社交與遊憩空間。1981年,第一個茶藝團體「中華民國茶藝協會」成立,由台灣茶葉之父吳振鐸任首屆理事長探討茶葉產、製、銷的技藝,與部分茶飲生活藝術。近年來社會變遷加上經濟衰弱,茶藝館數量銳減、榮光不再,但茶文化並未消逝,繼續活在茶賽、茶席與茶業博覽會等活動中。

戰後至今,台灣經歷40年文化累積,茶會與茶席型態從剛開始的簡約逐步發展成結合插花、書法、香道、音樂,甚至舞蹈的綜合藝術。喝茶不只為了解渴,更多人視喝茶為精神享受,如禪宗般的修身養性法門,追求茶藝也追求茶道,進入茶席多元而秀異的時期,如陶作坊結合音樂家、設計師、茶人與花藝師共同舉辦Tea Party,走時尚風;中華花藝文教基金會花藝老師王玉鳳受新人邀請,在婚宴中舉辦復古的囍茶茶席,重現民間舊時行聘時以茶為禮的「茶禮」風景。也在中華花藝基金會的推動下,茶與花的結合有了更多復興。

茶與花的對話

茶藝與花藝的對話,是物質與精神的結合體,有藝而無道,只是物質層次的感官滿足;有道而無藝,容易淪為空洞的玄學理論,不是「全爾真」的茶道。曾多次舉辦茶席的王玉鳳對此特別有感。2010年1月,她在南投石家老梅園舉辦台中茶聯梅花茶會,邀請來自全台的四百多位茶人在梅樹下佈置茶席。「有矮几品茗,有明式家具,更有日本抹茶道的參與。甚至有以鼓為茶几,好像要演奏出天籟之音,趣味橫生。」王玉鳳說,還有茶人別出心裁,用白鹽模擬雪梅。造物者則是當天最佳的花藝設計師,以大地為花器,每一株梅樹各有姿態。「梅香清冷撲鼻,偶有花瓣飄落茶杯中,靜靜喝著熱茶,真是人生一大享受。」

要能成就這樁風雅美事,必須有縝密規劃與具體執行。舉辦茶會的經費從哪裡來?如何集結數百位茶人共襄盛舉?在戶外梅園喝茶,有雨天備案嗎?茶會動線與流程如何安排?茶會當天,王玉鳳更安排攝影師捕捉茶會畫面,並請茶人寫下心得,將圖文集結成冊,貫徹茶會的精神主旨。

茶與人的對話

茶席佈置,除了是茶、花對話,也是茶與人的對話,小至茶器擺放,大到環境佈置,追求情景交融。佈置者除了要能從物質面的茶器、插花搭配入手,既觀照自然,也要掌握室內、室外空間的不同氛圍,並且融合精神面,包括茶席主題理念與文化意識。如王玉鳳的日月茶會,主題在品嚐日月潭紅茶之美,特地選用南投魚池在地的澀水窯茶器、水沙連泉水,搭配南投埔里紙藝術,展現茶所以生長的土地人文風情,讓茶喝起來更有滋味。

難怪,向王玉鳳學插花、泡茶的學生們,不約而同提到之所以喜歡跟著她學習的原因,一則是喜歡浣花草堂的藝術人文空間;二則是能在與王玉鳳的相處中,感受到這份情意,在忙碌生活中,有一方情景交融的空間,讓人自然靜下心來,煮茶浣花。

茶、花都是大自然裡的植物,茶、花對話,在生活中追求恬適、簡約,重視純真不矯飾的「情」與清遠幽靜的「趣」,要求插花者要能體察、尊重植物的生命之美,同時不搶去茶的主角風采。因此,茶席插花的花器,要求大小以能在掌中把玩為佳,若是花色豔麗繽紛,就要選擇體型較小的花枝。茶與花結合,講究花品、重視意境,著重花木的美感內涵,如以梅蘭竹喻君子,願藉由茶、花的自然趣味,在細細品嚐一杯茶、一朵花的有限時空裡,豐富人無限的心靈生命。

Tranquility in a Teacup

The Beauty of Tea Ware and the Art of Tea

Sanya Huang /photos courtesy of Lin Min-hsuan /tr. by Phil Newell

The “art of tea” and the “way of tea” are at the core of Chinese tea culture. The “art” of tea refers to the techniques for preparing, brewing, and drinking tea. The “way” of tea refers to the comprehension of the serene elegance of the art of tea that is gained through the concrete processes of preparing, brewing, and drinking tea, and to the internalization of this appreciation through a spiritual awakening that cultivates the character and is expressed in the rhythms of daily life.

 


 

Tea and tea ware are complementary. Take for example the drinking of brick tea (compressed tea) in the Tang Dynasty: A piece broken from the tea brick was first toasted over a fire, then ground into powder and added to boiling water to brew a red-colored infusion that was especially pleasing to the eye when drunk from blue-green-glazed Yue ware. In the Song Dynasty, when “tea contests” flourished, people loved to use black teacups for the practice of diancha—preparing tea by adding drops of boiling water to tea powder to make a paste, then adding more water and using a whisk to stir it into liquid tea, which produced a milky white foam.

In the Ming and Qing dynasties and into the Republican era, people mainly drank loose tea, and switched from decocting tea and dian­cha to steeping the tea leaves, so they gave up black tea ware in favor of white porcelain. The covered tea bowl was developed in the Ming Dynasty, and thereafter there came the beloved Yi­xing ceramic teapots.

In Taiwan, from World War II up to the 1970s, a small number of leisured literati and artists used small pots to brew “gongfu” tea. Most people, however, brewed their tea in large pots, while virtuous households would place a tea barrel and teacups outside their doors to provide drink to the thirsty, so serving free tea became an important feature of tea-drinking in Taiwan.

In 1983, the flourishing development of tea culture prompted Lin Jung-kuo, founder of Lin’s Ceramics Studio, to create classic small teapots and sell them through teahouses practicing the art of tea. From the start, he decided not to make purely artistic creations, but rather to apply his industrial design skills to enable ordinary people to use fine tea ware in daily life. Later he continued to improve and develop his firm’s technology, and taking inspiration from the structure of maifan stone, he developed his exclusive “Purion” tea ware, made from a mixture of Taiwanese clay and natural minerals that is fired repeatedly at high temperatures. The ware has excellent heat retention properties, and the tea steeped in it is especially smooth, so it has become widely used in Taiwan.

The perfect pot for the perfect tea

How does one use tea utensils to make good tea? “Good pots make for good tea, and good tea is defined by the color of the liquid, the fragrance, and the form of the tealeaves.” Lin Jung-kuo says that different types of tealeaves call for different tea utensils. For example, for unfermented green teas like long­jing and bi­luo­chun, as well as lightly fermented teas like first-flush oo­long, it is best to choose transparent glass cups or the Ru ware series made by Lin’s Ceramics Studio (based on the ware produced at the Ru kiln in the Song Dynasty). Fired at a high temperature of 1,270 °C, with a dense, fine-grained structure and smooth, glossy texture, this type of tea ware can bring out the fragrance of the tea, is good for admiring the shape of the tealeaves as they slowly unfold, and can highlight the fresh green color of the liquid tea.

For heavily or fully fermented teas like black tea and Pu-er tea, it best to use zi­sha (purple clay) teapots or Purion ware, which are of lower-density material with pores that can absorb impurities. This is the best way to draw out the tea’s mellow and sweet flavor.

The spirituality of the “way of tea”

In the Song Dynasty, the “four arts of living” were “diancha, painting appreciation, flower arranging, and burning incense,” which emphasized that there is beauty every­where in life that not only satisfies the physical senses, but also, through appreci­ation of the arts, arouses inner emotions that gradually raise the life consciousness of the individual. From the Song Dynasty onward, this kind of aesthetic experience became a fundamental attainment in the practice of self-cultivation by Chinese literati, and spread abroad to influence the aesthetic development of neighboring countries.

Over the past 500 years, since the time of the Ming Dynasty, tea culture has been simplified, and the complex tea decocting and dian­cha implements used in the Tang and Song dynasties have moved to the periphery of history’s stage. Tea contests had fallen out of popularity by the Ming, when the main form of tea-making was simply steeping loose tea. Drinking tea and admiring flowers became the symbols of good taste, and as the eleg­ant cultural elements of the educated class slowly spread into the common culture of ordinary people, serving tea and giving flowers grew to be part of the customs and etiquette of popular daily life.

The Qing Dynasty carried on the simple and elegant style of the Ming. In this era, liter­ati participated in the design of tea ware, for example by engraving a seal, writing an inscription, or painting images on zisha teapots, thereby raising the cultural value of the objects. At this time, tea became one of the “seven necessities of starting the day” (firewood, rice, oil, salt, sauce, vinegar and tea), indicating that drinking tea was already a common practice among ordinary people.

In the 1970s to the late 1980s, as Taiwan’s economy boomed, people got more free time and took up new pursuits in living and dining. Teahouses became important spaces for tea connoisseurship, socializing, and recreation.

Meanwhile, tea parties and tea ceremony gatherings have gradually developed from simple forms at first to mixed art events incorporating flower arranging, calligraphy, appreciation of incense fragrances, music, and even dance.

Dialogue of tea and flowers

The dialogue between tea art and floral art combines the material and the spiritual. If there is practice without philosophy, then there is only satisfaction on the material plane of the senses. If there is philosophy without practice, this can easily degenerate into ­vacuous metaphysical theories, and it is not the “authentic and complete” way of tea. Jady Wang, a floral art teacher with the Chinese Floral Arts Foundation, who has organized many tea ceremonies, has especially strong feelings about this. In January of 2010 she held a tea party to which she invited over 400 tea aficionados from all over Taiwan to sit and drink Tai­chung teas beneath the plum blossoms in the Shi family plum orchard in Nan­tou. “There were small tables for tea tasting, Ming-style furniture, and a Japanese tea ceremony using matcha [powdered green tea]. We even used drums as tea tables, as if we were going to perform the sounds of nature. It was tremendous fun.” Wang says that there was even a tea master who showed real ingenuity by bringing white salt to simulate plum blossoms. But the Creator was the best flower designer on that day, using the land as his vase and giving each plum tree a distinctive shape. “The fragrance of the plum blossoms coolly tickled the nostrils, and occasionally a flower petal drifted down into a teacup. To quietly drink hot tea is one of life’s great pleasures.”

To successfully organize an elegant tea party like this one takes meticulous planning and execution. Where will the money come from? How can you bring together hundreds of tea experts to take part in the event? If you are going to drink tea outdoors in a plum orchard, is there a backup plan in case it rains? How do you arrange the program? Jady Wang even hired a photographer for the day to capture images of her event, and asked participating tea aficionados to write down their reactions. She then collected the photos and texts into a commemorative volume, to preserve the spiritual tenor of the tea party.

Dialogue of tea and people

The arrangement of the space for a tea ceremony is not only a dialogue between tea and flowers, but also between tea and people. Every­thing is done in pursuit of a harmonious ambiance, from the laying out of the tea ware to the configuration of the overall setting. Besides the material aspect of coordinating the tea ware and the flower arrangements, the event organizer must also grasp the different ambiences of indoor and outdoor spaces, and blend in the spiritual aspects, including the conceptual theme and cultural consciousness of the gathering. For example, for Jady Wang’s Sun Moon tea party, the theme was to experience the allure of Sun Moon Lake black tea. Sun Moon Lake is located in Nan­tou’s Yu­chi Township, and Wang elected to use tea ware made at Yu­chi’s Se Shui Kiln and the local Shui­sha­lian spring water, along with paper art from neighboring Puli Township, complementing the flavor of the tea by reflecting the landscape and culture of its terroir.

Tea and flowers are both natural plant products. The dialogue between tea and flowers is the embodiment of a search for peace and simplicity in life, and emphasizes the appeal of uncontrived authenticity and tranquil seclusion. It requires the flower arranger to observe and respect the vital beauty of plants, while not stealing the leading role gracefully played by tea. This is why it is best if the vases used in flower arranging for tea ceremonies are small enough to hold in the palm of the hand; and if the blossoms are diverse and splendid in color, one should choose relatively small sprays. When combining tea and flowers one must tastefully choose flowers with attention to the creative concept and to the aesthetic content of the sprays (for example, plum flowers, orchids, and bamboo are metaphors for gentlemen). It is hoped that through the natural delight of tea and blossoms, in the limited space and time for appreciating a cup of tea or a bouquet of flowers, man’s limitless spiritual life can be enriched.

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