MRT板南線に乗り、賑やかな台北駅とファッションの町･西門駅を過ぎて龍山寺駅で降りると、敏感なよそ者は、周囲の空気に独特の怪しげな雰囲気を感じることだろう。

MRT龍山寺駅周辺では、大勢の路上生活者が、それぞれ立ったり座ったりして無表情のまま周囲を取り囲んでいる。垢だらけの顔に髪をぼうぼうに伸ばした知的障害者と思われる人々がふざけあっている。大通りに面した建物の軒下にたむろする中年の男たちは、通行人を鋭い目で睨みつける。路地裏では安くて具もたっぷり入った素麺が食べられるのだが、周囲の悪臭で食欲が湧かない。通りの地べたに品物を広げる露天商をのぞけば、出どころの分からない中古品ばかりだ。事情の分からない観光客がカメラを取り出して撮ろうとすれば、すぐに大声で罵られる。

だが、こうした非友好的な表側を抜け、明るい看板を出した食堂に入れば、絶品のワンタンや海老団子が味わえる。隣りに座った客はベトナム人の店員をからかう。「おい！本当に台湾に嫁に来たのか？偽装結婚じゃないんだろうな。どうやって証明するんだ。言ってみろよ」と、乱暴にナンパしつているが、その言葉には思いやりも感じられる。艋;舺;特有の荒っぽい気性に、こちらは思わずにやりとさせられる。

しばらく前、70歳を過ぎた街娼の阿珠が通りで3000元を拾い、落とした人が困っているだろうと心配して慌ただしく交番に届けた。お客を1回400元で取っている阿珠にとって3000元というのは三日三晩街に立っても稼げない額だ。付近の警察官にとって、街頭で客引きする彼女はいつも取り締まっている馴染みの顔だ。彼女自身、生活は苦しいのに、それでもしばしばホームレスを助けているという。

こんなこともあった。40年にわたって万華の通りで猪血糕;（もち米を豚の血で固めたスナック）を売っていたおじさんの姿がしばらく見られなかったが、半年ぶりに売り声が街に響いた。すると数分後にはおじさんのリヤカーは馴染み客に取り囲まれ、皆が口々に「半年もどうしていたの」「大丈夫か」と尋ねていた。人々はおいしい猪血糕;の味が懐かしかっただけでなく、おじさんの身体を心配していたのである。

観光、参拝、ショッピング、散策…、万華を訪れる理由はさまざまだが、いずれもこの街の魅力である。

万華は、よそ者にはなかなか入り込みにくいいが、一度そこに馴染んだら、この古い町を離れたくなくなる。近年、台北市は巨額を投じて万華を新しい姿に変えようとしてきたが、万華は万華であり、その本質を変えることは難しい。

台北市の計画では、龍山寺のある万華心臓部を台北西区の「宗教観光のメッカ」とするのが目標である。MRT龍山寺駅から艋;舺;公園、区政センター、そして新龍山商場まで、遊ぶ場所もあれば、食事もショッピングも参拝もできるエリアだ。

万華12号公園という名も持つ艋;舺;公園は、北は広州街を挟んで龍山寺正門に面し、面積は1万3000平方メートル。早くも1927年の日本統治時代に、台北市の24の大型都市公園の一つとして整備された。

その後、商業が発達し、1956年に同公園の広場は臨時の屋台集中エリアとして貸し出され、生鮮食品の市場と軽食や占いの屋台が集まる「龍山商場」と「西三水街市場」となった。その後、数十年にわたって、龍山寺の参拝客や観光客が好んで足を運ぶ場所であった。市場の中の「龍都氷果室」や「小南鄭記碗粿;」などは広く知られた人気のある老舗だ。

ここの市場は常ににぎわっていたが、小さな屋台が軒を連ね、その多くがトタン屋根に木造構造であるため安全上の問題が心配された。また周囲に公共の緑地や駐車場が不足していたこともあって、1993年にMRT龍山寺駅の工場が始まると、台北市はそれに合わせて古い龍山市場と西三水市場を取り壊した。そして公園（艋;舺;公園）とショッピングエリア（MRT地下街と新龍山商場）の二大エリアに別け、新しく設計し直したのである。

こうして新しく完成した「艋;舺;公園」は、龍山寺の門前広場から延びるというコンセプトで、民俗公園と位置づけられた。一方、新しいショッピングビルとL字型の龍山寺地下街には、元公園の土地にあって取り壊された406軒の商店が入った。ここは台北市では唯一の地下2階のMRT地下街だ。

観光、参拝、ショッピング、散策…、万華を訪れる理由はさまざまだが、いずれもこの街の魅力である。

現在、公園と地下街はすでに完成しているが、その成果を見ると未解決の問題がある。

まず、屋台や商店を撤去して整備し直した艋;舺;公園には、期待されたような公園らしい清々しい雰囲気がないという点である。地縁や地の利の関係からか、昼も夜も公園には路上生活者が集まり、そのまま地べたに寝たりしている。昼間でも、親子連れが遊びに来ることはほとんどなく、公園としての使用率は極めて低い。付近の商店によると、最近は六合彩（香港のロトくじ）のノミ屋が出没するようになり、博打好きが集まるようになったので、一般の人にはますます敬遠されるようになったという。

万華の歴史文化を研究する柯得隆によると、万華には昔からホームレスの人は少なくなかったが、以前その多くは公園の屋台の間の路地に身を隠していたので、あまり人目につかなかった。今はそういう場所がなくなったため、一般市民が行き交う場所で目に入るようになったのである。

これを解決するために、台北市社会局は継続的に指導と施設などへの入居手配を行なっている。一方、艋;舺;公園を管轄する台北市公園街灯管理処によると、公園は開放された空間なので、販売行為などは禁止されているが、人々が集まったりすることは自由なので、管理員が特定の人々を追い出すようなことはできず、社会局と連絡を取り合って指導することしかできないという。

観光、参拝、ショッピング、散策…、万華を訪れる理由はさまざまだが、いずれもこの街の魅力である。

一方、完成したMRT龍山寺地下街は訪れる人もほとんどいない状態だ。これはなぜなのだろう。

担当機関の台北市市場処によると、当初は新しい運営方針に合わせ、地下街の空間を以前のような1軒1台の狭くてじめじめした屋台形式ではなく、営業内容によって「占い･骨董」「百貨」「軽食」「生鮮･惣菜」の4つのエリアにまとめ、1軒10〜30坪の店舗にした。そして店舗が自主的に団体を組織して連合経営し、規模を拡大してコストを下げ、全体の質とビジネスチャンスを高めてほしいと考えていたと言う。

こうした現代的な経営コンセプトは良いのだが、問題は対象とマッチしないことだ。万華出身で輔仁大学社会学科准教授の戴伯芬は、自分の経験からこう分析する。小規模の商店主は連合はしても統合されていないため、1軒20坪の店内は、例えば左側では下着を売り、右側では玉や骨董品を売るという具合で、スタイルも動線もおかしく、消費者としては何の店なのかわからない。

台北市市場処によると、現在の経営者は皆、従来屋台で商売をしていた人ばかりで年齢も高いため、商品のイメージ作りやマーケティングが得意ではないという。さらに扱っている品が、付近の三水街や広州街と競合するため、消費者はわざわざ地下街へ降りていこうとは思わないのである。

今後、市場処では地下街の入り口に案内板や照明などの設備を増やす他、週末には楽団を招いてコンサートを開いたり、不定期で市民講座を行なったりして人の流れを作り出したいと考えている。

地下1階の商店街自治会の洪文和会長によると、現在この地下街には、もともと龍山商場に入っていた占いや民芸品･骨董品店、服飾店、カラオケスナックなどが入っている他、一部のテナントは別の店に「又貸し」しているという。又貸しで入居している店には、服飾チェーンのGiordanoの他に、金門のビーフジャーキー「良金牛肉乾」の台湾本島唯一の支店もある。全体の入居率は96％に達し、人通りも一昨年より明らかに増え、さらに大型チェーン店からも出店希望の話が来ていて交渉中だという。

完成した艋舺公園は万華のもう一つのランドマークとなったが、そこも余所者にはやや近寄り難い場所となっている。

公園も地下街も、入口には「霊獣」の彫刻があり、「海上蓬莱」や「三龍戯珠」の噴水があり、民俗と宗教の象徴を設計全体に貫いている。台北市のきめ細かな配慮がそこここに感じられる。

例えば艋;舺;公園内には「仏祖の鏡」で仏の慈悲を象徴した「美人照鏡池」がある。これはごく普通の景観用の池ではない。毎朝9時から夜9時まで、一時間おきに池の底の598の噴水口から水柱が吹き出し、20種類のさまざまな水の舞を楽しむことができる。また、噴水でできた水の幕に専用のプロジェクターを用いて幅15メートルの影像を映し出すこともできるのである。

池の前の廟埕;広場の地面には、西洋の12星座と中国の「星宿星象誌」の図案があり、夜になると、地面に組み込まれた星座が光を放つ。広場の横では中文、英語、日本語による音声解説を聞くこともできる。

しかし、巨額の予算を投じて造られた美しく知的なハイテク設備も、艋;舺;という雑多なものが入り乱れる土地柄とは相容れない。戴伯芬准教授は「人間性の尺度が不十分」なため、住民には馴染みがたい場所になっていると指摘する。

「設計する前に、人と空間との関係をより深く考え、誰がこの公園を使うのか、どのような活動がここで生まれるのか、などを十分に検討し、それからそれらにふさわしい施設を組み込んでいけば、現在のような状況は避けられたかも知れません」と言う。

そこで戴伯芬は、今後の使い方をこう提案する。艋;舺;公園の広場を龍山寺の広場の延長ととらえ、芝居の野外舞台を造り、休日には蚤の市などを開いて、まずは人が集まる場へと変えていき、それから少しずつ美感を高め、洗練された場へと変えていけばいい、と。

万華は現代化や観光化を進め、洗練された街へと変っていくべきなのだろうか。それとも昔ながらの気取らない下町風情を残すべきなのだろうか。冬の暖かい日差しの中、龍山寺一帯を訪れ、自分の答えを探してみてはどうだろう。

龍山寺の地下街（地下2階）では、当初入居した店が次々と閉店するという衰退を経て、現在は単一のチームが経営権を落札し、高齢者向けの伝統的な買い物空間を造ろうとしている。