ジュリエット‧ビノシュ主演の映画『ショコラ』のように、古い小さな町の住民が、チョコレートの虜になった。チョコレートには不思議な魔力がある。原産は中南米、大航海時代に植民地から海外へ伝わり、世界の人々を魅了した。

カカオの木がフォルモサに持ち込まれたのは、古くは日本統治時代に遡る。日本人がジャワから持って来たが、栽培と加工技術で障害を克服できず、失敗に終わっている。時は移って20年ほど前、種苗業者と農家が改めて取り組み、高温多湿を好むカカオの木が屏東で根を下ろした。

（左）パパイアのような形のカカオの実。種子が大きく、果肉は少ないため、そのまま食べる価値はなく、マヤの人々がこれで飲み物を作っていたことからチョコレートへと発展していった。

外国帰りの職人が捉えた地元の味

台北市仁愛円形交差点傍の小路に店を構える「畬室」（Yu Chocolatier）。オーナーの鄭畬軒が、2013年にフランスから帰国してからの日々をフェイスブックに綴っている。感性に訴えるチョコレートを作りつつ、誰よりも冷静である。修行を終えて台湾に戻ると「パリに乗り込む」ことを誓い、着々と歩みを進めて来た。

畬室は、最もベーシックでクラシックなチョコレートからスタートし、基礎を固めた。巷のスイーツショップのチョコレートデザートは、おまけ程度に一、二種あるだけだが、畬室ではチョコレートタルトだけでもピークには七、八種を一度に出すこともあった。

ベーシックなメニューでチームに余裕が出てくると、ようやくフレーバーにアイディアを盛り込んだ。自分のレベルを知りたいと思った鄭畬軒は、2016年、業界で最も信用があり「チョコレート界のオスカー」と言われるインターナショナルチョコレートアワードICAに応募すると、アジア太平洋地区で銀賞1つと銅賞1つを持ち帰る。台湾初の快挙に、チョコレート文化のなかった台湾で、チョコレートブームが起きた。

フレンチテクニックを学んだ彼は、フランス人の「旬のもの、地元のものを食べる」という考えにも賛同する。地元素材の馬告（アオモジ）、ジャスミン、梅の塩砂糖漬、薪煎りごま油などを、クラシックなプラリネにしてみると、多くの台湾人が驚きとともに賞賛した。「こんな味もチョコレートに使えるのか！」

グローバルマーケットに目を向ける鄭畬軒は、チョコレートでヨーロッパとアジアの架け橋を作ろうとしている。

カカオをチョコレートにするまでには多くのプロセスを踏まなければならない。写真は天日干ししたカカオ豆。水分が6％になるまで乾燥させると長期保存できる。

カカオ産業が南国を照らし出す

取材の頃ちょうどよく、今年は屏東で開催された台湾デザインショーの時期に当たった。テーマは「スーパー南」であった。地元の人は自虐的に言った。高速鉄道も来ない、飛行機も飛ばない屏東は、確かに「スーパー難」に違いない。

しかし、辺鄙であっても、屏東は様々な面で異彩を放つ。「カカオの新産地」の栄誉とともに、ICAアジア太平洋地区大会の開催地が、ニューヨークから台湾に移された。台湾の業者も期待に応え、2018年には金9銀30銅29を獲得し、2019年には金13銀44銅32と特別賞18と躍進した。農場やブランドが20、30と集まった産業クラスターに、観光客も遠路はるばる訪れる。

その中で、曽志元チョコレートの名はことさら光り輝く。アジア太平洋地区で受賞して資格を得るとイタリアでの世界大会に進出し、金4の好成績を持ち帰った。

チョコレートで暮らしを立てるとは思わなかった曽志元は、ココアバターで手作り石鹸を作ろうとしていた。地の利もあって農家から買うこと数年、妻に背中を押されて一番シンプルな小型グラインダー、大理石板、スパチュラと型を買い、チョコレートバーにして作品を応募した。すると破竹の勢いで勝ち進んだのである。

お客さんに迫られて店を出した彼は、準備もそこそこに内埔に店をオープンした。内装は簡単だが、客足が途絶えない。名前を聞いて海外から来る客もいる。店には、ずっとモーターが回る音が伝わってくる。店舗の裏の加工室で、グラインダーが24時間動いているのである。

台湾で初めてIICCTの資格を取得したショコラティエの許華仁は、カカオ農園を併設する福湾チョコレート荘園を創設した。

農場ブランドチョコレートはイケる？

受賞で農家のモチベーションは上がるが、産業として持続するにはハードルがいくつもある。

台湾はカカオ豆価格が特に高く、農地は切れ切れで、人件費も高いことから、アフリカやラテンアメリカ、東南アジアとの競争は難しい。ともすれば5倍、10倍といった価格になる。量で勝てないなら、大量に仕入れる商用豆の路線は無理になる。そこで止むを得ず、風土の特質を強調した農場ブランドカカオ豆を目指すことになる。

続いて襲うのが、品種がはっきりしないという問題である。外来種であるカカオは品種が非常に多く、他家受粉もするし、農家の栽培で交雑も起きる。そこで近年は、接木を始める農家もあり、品種の純正を確保しようとしている。

「とはいえ、カカオ産業の最も川下としては、台湾カカオは交雑が進んで、風味が均等になってきました」と福湾チョコレート農場の創設者‧許華仁は楽観する。彼の最初のチョコレート「台湾1号62％」は、バランスとエレガンスを特徴に、2019年ICA世界大会で金賞を取った。

そして、製造工程である。カカオとコーヒーの生産プロセスは似ており、微生物の介入に依存する。発酵で風味を生み出すのである。だが発酵のノウハウは、温度‧湿度‧天気‧時間‧菌株など、生産者ごとの機密である。

数年前には県が技術の育成に取り組んだが、生産者の多くは、台湾は伝統的な赤道付近の産地にはかなわないと考えている。常夏の産地と異なり、屏東は夏には台風が、冬には寒波が押し寄せる。思い通りの風味にするには、条件と経験から、微調整を重ねることになる。

品質を向上し市場を開拓するために、単独で戦うことをやめて団体戦略を採る農家も現れた。「一つの樽で発酵させる量は少なくとも500kgはあります。自分の豆だけでは、どうしても果実の質が一定しません。そのうえ産量が不足したら、どうしたらいいのでしょう」TCチョコレートショップの創設者‧邱濬文が言う。

邱濬文‧邱濬宇兄弟はカカオ農家十数人と生産販売グループを組織し、農地を6ヘクタール弱に広げた。2週間に1度の収穫で、毎回安定して500kg以上の収量を上げ、製造頻度を高めて発酵の経験を積む。カカオ豆の焙煎後は品質等級に分け、適性に応じて加工する。風味の優れたカカオはブラックチョコレートに、次のランクは牛乳を加えて生チョコレートにする。

液体状のチョコレートを型に流し込んで冷ますと商品が完成する。

チョコレートとコラボレーション

歴史の必然であり偶然でもあるが、従来チョコレートの生産国は灼熱の南北緯20度以内なのに、消費国は寒冷な高緯度国だった。10年ほど前から、アメリカで「From bean to bar」（カカオ豆からチョコレートバーまで一つの店で手がける）ことがブームになったが、大抵は原料を輸入に頼っていた。最北端の産地である台湾だけが例外になった。「From tree to bar」という贅沢な話ができる条件ができたのである。

今の消費市場では、台湾のチョコレート消費量は年間一人当り0.5kgに過ぎない。だが職人は、台湾の消費者に上質なチョコレートの良さを教えるのは難しいことではなく、市場の成長が期待できると言う。台湾は上質なコーヒー文化が栄え、そして茶の原郷だからである。

食材ハンターで、食ブランドイノベーターの顧瑋は、だからこそチョコレートと他の飲み物との呼応に注目し、新ブランド「COFE」「COTE」を生み出した。

顧瑋の遊び心でもあり野心でもある。「出発点はコーヒーが好きで、チョコレートが好きだから、コーヒーもチョコレートもアピールする価値が似ていることに気づいたのです。産地や品種を強調し、風味の発展の経過も似ていて、風土、品種、発酵過程、焙煎で形作られる。コーヒーをカカオの味で語ったり、カカオもコーヒーの味の形容詞を使ったりします。それに、台湾はどちらも産地です」と言う。

ホワイトチョコの作り方に学び、ホールビーンコーヒーと低温圧搾した屏東カカオ脂に少量の氷砂糖を合わせ、チョコレートのようでチョコレートでない「食べるコーヒー」を作り出した。

「Tea to bar」を謳うCOTEでは、八種の古典的な台湾茶の、同じくホールリーフを用いる。煮出した茶は使わない。また、渋みを抑えるために、顧瑋は巷の茶チョコレートのように粉ミルクで味を修飾するのではなく、なんと、台湾産の金珠大豆のきな粉を使った。これは穀類にも新たな道を開いた。

いつか第一激戦区であるパリに乗り込むのだと鄭畬軒は言う。ヨーロッパで東洋とは、日本とその他である。日本の味と言えば柑橘と抹茶であり、ヨーロッパ人の東洋のフレーバーはとても想像の範囲が狭い。だからパリに店を出しても、台湾風味のチョコレートを作りたいと願う。この強固で強大な市場に、「もっと広い東洋の味を紹介したいのです」と語る。

その話のとおり、千年の歴史を持つチョコレートが台湾に渡り、台湾はチョコレート文化において、世界の版図の小さな1ピースになっただけではない。たくさんの新しいアイディアに満ちた台湾の地で、農家と職人の意気込みが、ココアが伝来した最も川下から出発し、これまでにないイメージを広げようとしている。

（下）テンパリングマシンで温度を調整したチョコレートは油のような光沢を見せ、冷ますとカリっとした歯触りになる。

屏東県の産地では、ビンロウ樹とカカオの木が混生しているのが特徴だ。

（左）インターナショナル･チョコレート･アワードを受賞して、急いで商品化した「曾志元チョコレート」。内埔の店には客足が絶えない。

チョコレートはワインのように味わうことができる。曾志元チョコレートは、優しい熱帯果物の酸味とほのかな木の香りがする。

上質なチョコレートを広めるため、顧瑋はCOFEとCOTEを打ち出して台北市大稲埕に「COFE bar」を開き、テイスティングを教えている。

チョコレートと台湾茶の組み合わせも絶妙だ。