台湾の都市部では、ベジタリアン対応の高級レストランもあれば、コンビニにも菜食コーナーがある。『WorldAtlas』によると台湾の菜食主義人口は300万人で、人口当たりの割合では世界で2番目に多く、ベジタリアンレストランが6000店もある。こうした「ベジタリアンフレンドリー」な環境は、CNNやイギリスの雑誌「Wanderlust」などでも取り上げられた。

台湾の菜食文化の歴史は長く、ヴィーガンが流行し始めるずっと前から人々の暮らしに根付いていた。

長い歴史を持つ菜食主義

現代の西洋化した食の世界では肉料理がメインだが、1944年にイギリスでは動物の命を犠牲にしないというヴィーガンのブームが巻き起こり、それが世界へ広まっていった。

一方、台湾の菜食文化の歴史は長い。『吃的台湾史』を著した中央研究院台湾史研究所の兼任研究員である翁佳音が文献を調べたところ、台湾人の菜食主義は早くもオランダ統治時代に始まったと見られる。明代末期から清代初期にかけて、在家での修行と菜食を奨励する齋教（本来は羅教と呼ばれた。仏教の流れをくむ）が台湾に伝わり、さらに後には同じく肉を食べない一貫道が盛んになって今日まで続いているとされる。こうした宗教上の理由で菜食主義を採る人が台湾には一定の割合いるのである。

これら菜食主義者のニーズに応えるため、台湾各地ではさまざまな菜食が作られてきた。フェイスブックで台湾最大のベジタリアン交流グループ「素食・美食」は22万人のメンバーを持つ。その運営者で、台湾各地の菜食を食べ歩いてきた黄聖傑によると、宜蘭には「西魯肉」を変化させた「西魯羹」があり、同じ醤油風味の汁そばは、桃園では「天香麺」、新竹では「書香麺」と呼ばれる。「地域によって異なる菜食文化を発掘するのは楽しいものです」と黄聖傑は言う。

有名な彰化のB級グルメの多くにベジタリアンバージョンがあり、肉圓にも「菜圓」がある。

菜食は彰化の庶民の味

一般庶民の暮らしに菜食が根付いていることが最も感じられるのは彰化かも知れない。グルメ作家の陳淑華の著書『彰化小食記』の中に、その一端が記されている。それによると、故郷を離れた彰化人は菜食を懐かしく思い出すのだという。台湾北部に暮らす彼女は、彰化に帰省した時には菜食屋台の饅頭「豆包」を土産に買って帰る。彼女自身は菜食主義者ではないが、タケノコやシイタケ、大豆ミートなどが入ったこの饅頭に、冬菜という漬物のスープを合わせるのが、何よりホームシックをいやしてくれるという。

私たちは彰化文化を研究する謝佳吟に案内されて彰化市内を歩いた。清代に始まった齋堂や寺が至る所にあり、軒を連ねているのは看板に「卍」が描かれた菜食の店である。これらの店で食べられるのはベジタリアンの素食麺（菜麺とも言う。麺を米粉麺や春雨にも変えられる）や豆包湯（湯葉巻の入ったスープ）などで、他に枸杞鰻、仏跳牆などの料理も見られる。数々の菜食料理を前に、週に一度は菜食をするという謝佳吟は驚きもしない。「彰化では、肉や魚を使った料理のほとんどに菜食バージョンが見つかります。肉圓（サツマイモ粉の生地で肉餡を包んだもの）や碗粿（具材と米粉汁を椀に入れて蒸したもの）、肉まん、チマキ、おこわ、唐揚げなど、あらゆる軽食の菜食バージョンがあり、菜食のセルフサービス食堂もあります」と言う。

1990年代以降、世界的にベジタリアンが増えてきたが、菜食主義の理由は人それぞれで、宗教上の理由もあれば、生活スタイルから来るヘルシー志向やエコ志向でベジタリアンになる人もいる。菜食主義は環境問題や動物保護、脱炭素化などのテーマとも関わっており、また栄養学や予防医学などの観点から、時々菜食にするという人も増えている。

彰化の通りには精進料理を示す「卍」の看板が並んでおり、現地の菜食文化と宗教信仰が結びついていることがわかる。

ベジタリアンフードの新たな流れ

「若者の場合は、宗教というよりも、自己の価値の追求を重視しています。菜食主義は啓蒙的な命題であり、食と動物愛護との関係などを考えさせてくれます」と黄聖傑は言う。

このような変化から、宗教上の菜食と現在の菜食は少し違う。仏教の精進料理では五辛を禁忌としてネギやニンニクなどを食べないが、現代の菜食ではこれらも野菜として食べる。昔は「週に一日は肉を食べない日を」と推奨されたが、現在ではライフスタイルが変わり、菜食との距離が縮んだだけでなく、むしろファッショナブルだととらえられるようになった。以前は菜食レストランは一般の人とは距離があったが、今ではベジタリアンではない人も「たまには菜食も悪くない」と考えるようになったのである。

菜食が盛んになり、美食を追求する台湾の飲食業界も市場の変化に対応している。世界でも密度の高い台湾のコンビニでも、次々と独自の菜食商品を打ち出している。セブン-イレブンでは2020年からオリジナルの「天素地蔬」ブランドを打ち出し、他のコンビニもこれに続いた。ファミリーマートは菜食レストランの「上善豆家」と、Hi-Lifeは「寛心園」とのコラボ商品を出し、いずれも評判がよい。それぞれ菜食料理の専門コーナーを設けており、セブン-イレブンは300種もの菜食商品をそろえた店も出している。

ベジタリアンレストランも増え、イタリアンから中華、和食、韓国料理、東南アジア料理まで、それぞれに市場を獲得している。「台湾では早くから菜食文化が発展してきたので、菜食レストランの割合は高く、内容も豊富です」と黄聖傑は言う。また、宗教上の理由で肉を食べない人々のために、台湾では昔から植物由来の代替肉が生産されてきた。エンドウ豆やリョクトウのタンパク質を用いた現代の代替肉は、成分や製法の面では台湾伝統の菜食ミートより優れているが、台湾の技術は世界をリードしており、どのような風味や形、食感のものも作ることができる。

普段は肉類も食べる一般の人々にも受け入れられるよう、菜食メニューに工夫を凝らす「養心茶楼」の詹昇霖シェフ。

肉を食べる人にも愛される創作料理

菜食料理と言うと、ステレオタイプのイメージがある。ゆでただけの野菜や豆腐で味気ない、あるいは逆に油分と塩分が多く、大豆ミートなどの加工食品が多いというイメージだ。そうした中、市場を広げるためには、普段は肉を食べる消費者も取り込まなければならないと飲食業界も考えるようになった。単に「菜食を広める」というだけでなく、料理そのものをおいしくしなければならないのである。

こうして台湾の菜食レストランは、主流の中華料理を基礎に、移民文化の寛容と革新の精神を活かし、これまでとは違う道を開いている。「養心茶楼」はそうした中の一例だ。この店は台北のビジネス街にあり、平日の昼に店を訪れると、12時にならないうちに満席になっている。入店者の半数近くは、普段は肉も食べる人だという。

「私はベジタリアンではありませんし、厨房のスタッフも全員、肉料理を作ってきた料理人です」とシェフの詹昇霖は言う。逆に肉や魚の料理を作ってきたからこそ、従来の菜食料理の枠を抜け出すことができ、本当のおいしさに立ち返ってメニューを考えられるのである。

彰化県の人々は、日常的にベジタリアンフードを食べる。

手間をかけた本格派の料理

例えば「京味醤焼銀鮑菇（エリンギの北京ソース煮）」は、薄く焼いた小麦粉の皮にテンメンジャン風味のエリンギをのせ、細く切ったキュウリと一緒に巻いていただく。肉を食べる人ならわかる通り、これは北京ダックを模した菜食だ。もう一つの「雪菜金磚」は雪菜という漬物と豆乾を炒めたものを、さらに湯葉で包み、切り分けて美しく盛り付けた料理だ。おいしさが口いっぱいに広がり、タンパク質も豊富で、肉料理にまったく引けを取らない。

肉を食べる人をうならせるには、どうすればいいのだろう。詹昇霖によると、精進料理ではネギやニンニクで香りを出すことができないため、厨房では野菜で香りをつけた油を別途作っているそうだ。セロリ油、ニンジン油、シイタケ油などがあり、野菜の香りと調味料の組み合わせを工夫することで、従来のゴマ油のみの菜食とは違う味わいを出している。

菜食料理は肉を中心とする料理とは違うため、最も多く見られるのは野菜と他の植物由来の食材を炒めた料理だが、彼らは出来合いの素材への依存を減らし、職人の手作業の技が際立つ料理を作ろうと、香港式飲茶を菜食に変化させ、これによって新たな市場を開くことに成功した。

ミシュランガイド台北で5年連続してビフグルマンに選ばれた「祥和蔬食」は、また異なる工夫をしている。ベジタリアンの四川料理をメインとする祥和蔬食の責任者である呉慧萍は、信仰の関係で菜食主義になり、自分の味覚を満足させるために、四川料理の香辛料を用いることにした。花椒や五香、菜食の沙茶ソースなどの香辛料と、きめ細かな調理でベジタリアンの四川料理を生み出した。例えば看板料理の「塔香脆腸」は、ゆでたエリンギを繊維に沿ってほぐし、トウガラシやバジルなどを加えた特製ソースで炒めたもので、モツ炒めのような食感が楽しめる。

台湾はすでにベジタリアンブランドの戦国時代である。菜食の飲茶を開発した「養心茶楼」、四川料理を取り入れた「祥和蔬食」、日本のうどんをメインとする「穂科」、善果グループ傘下の「上善豆家」などが有名ブランドである。

黄聖傑は、これまでに多くのコンビニやレストランチェーンの菜食商品の企画に加わってきた。大きなブランドの成功は菜食市場全体の発展を促し、すでに少なからぬ飲食業者がこれに追随している。スターバックス、マクドナルド、ピザハットなども、ベジタリアン向けのメニューを加えている。十数年前、黄聖傑が大学生だった頃は、学内のたった一つの菜食屋台で4年間食事をとり続けた。ベジタリアン仲間で集まる時には、麺を売る小さな食堂に行くしかなかった。現在とは大きく異なる。国民だけでなく、外国人旅行者も台湾のベジタリアンフードに驚くことだろう。

信仰が盛んな彰化には齋堂や寺が林立している。清代に建てられた「曇花仏堂」は菜食を推奨したことから「菜堂」とも呼ばれる。

フェイスブックで「素食・美食」を運営し、菜食を推奨する黄聖傑。

ベジタリアンフードのビジネスチャンスに目をつけ、セブン-イレブンでもオリジナルの「天素地蔬」ブランドを打ち出した。

養心茶楼の評判は広まり、平日の昼から満席になる。

数年にわたってミシュランガイドのビフグルマンに選ばれている「祥和蔬食」には、外国人旅行者も多数訪れる。

工夫を凝らした味付けと職人の技で、菜食料理もおいしいものになる。