「私の考えは他の人とは少し違います。工場は進歩しなければ退化します。新工場設立、設備更新を続け、競争力をつける必要があります」と謝会長は言う。

工場は革新し続けなければ後退してしまう。謝明輝は常に新たな設備を導入して競争力を高めている。

来し方を振り返り

戦争と閉鎖の時期を経験してきたベトナムでは、1996年に外国資本誘致のために「外国人投資法」を制定した。この年にベトナムを視察に訪れた謝明輝は、ただちにこの地への投資を決定したのである。

その後20年の努力の結果、謝明輝の事業は発展を続け、今立プラスチック工業はビンズオンとロンアンの2工場に加えて、業務範囲を拡大した福立汽車公司も設立、従業員は2000人を超える。

来し方を振り返ると、謝明輝のベトナム進出はまさに紆余曲折を経たものだった。

今立プラスチック工業は1990年に台湾の彰化県に設立され、ウレタンフォーム、床マット、靴底、中敷きなどの加工生産を主としていた。それが労働者不足に悩まされ、最初は中国大陸への工場移転を考えていたが、1993～94年に川下の顧客の不渡りが続き、「彼らは借金を台湾に残して中国大陸に行ってしまい、私には大陸投資の資金がなくなりました」と溜息をつく。

1995年に製靴業大手の宝成がベトナムに進出し、翌年に川上のサプライヤーとして謝明輝は視察に出かけ、ベトナム進出を決めた。

子供はまだ小さく、妻は反対したが、家族の中で一番英語ができる彼がベトナムに赴き、ナイキやアディダス、プーマなどから認証を受けて、生産工程を立ち上げた。1998年には忙しくて台湾には3回しか帰れず、63キロまで痩せてしまったという。

しかし、天は人の苦労を見ている。1999年にようやく利益が上がり始め、謝明輝は工場拡張を考えるようになった。しかし、保守的な性格の兄は台湾に戻ることを選択し、謝明輝は一人ベトナムに留まったのである。

工場は革新し続けなければ後退してしまう。謝明輝は常に新たな設備を導入して競争力を高めている。

経営の多角化

今立プラスチック工業の最初の工場はビンズオン省の工業団地に設置したが、現在では工業区内の9割、30社が台湾企業である。ホーチミン市から車で50分、飛行場からは40分、現地の自治体は台湾企業に友好的で、交通至便のビンズオン省は、謝明輝にとって最良の投資先である。現在は月に平均2回は台湾に戻る謝明輝だが、ビンズオンの工場から台湾の台中にある家まで、わずか5時間半に過ぎない。

それまでのウレタンフォームやゴムなどの製造販売業務に加えて、謝明輝は自動車販売にも乗り出した。

「まだ38歳だった2000年に、利益が出てくると次の営業項目を考えました」と言う彼は、2005年にアメリカから自社用乗用車を輸入した時に、アメリカとの価格差が40％に上ることに気づき、自動車輸入を考えた。

最初は中国車を輸入したが、中国車はベトナムでは売れなかった。「ベトナムは二極化した社会で、金持ちは高級車を、そうでない人は安い車を買い、私が輸入したミドルクラスの車は売れませんでした」ということで、次はアメリカの中古車を試してみた。2万5000ドルで輸入し、5万5000ドルで販売すると、税金の2万5000を差し引いても、5000ドルの利益が出た。

しかし、いいことは続かない。2008年の金融危機でベトナムの通貨ドンが大幅に値下りし、翌年にはベトナム政府はメーカーから許諾を受けていない輸入業者に自動車販売を認めないと方針転換したのである。

2010年に謝明輝は福立汽車を設立し、4拠点を設置して台湾ブランドのラクスジェンの代理店となった。「2011年にはまだ利益がありましたが、翌年輸入税が引き上げられ、ラクスジェンの価格はアメリカから輸入したベンツやBMWと差がなくなり、競争力を失いました」と言う。

2015年にはビンズオンだけを残してほかの3拠点を閉鎖し、既存顧客へのサービスを続けていた。この経験を生かして、その後はアメリカからベンツを輸入することにした。

ビンズオン省の工業団地にある今立プラスチック工業。周辺の工場の9割も台湾企業である。

ベトナムの変化と不変

事業を拡大しながら、ベトナムの台湾実業界での経歴や人脈を積み上げ、台商総会においても会員から役員へと順調に上りつめ、今年初めには会長に就任して、これまで以上に台商総会の活動に身を投じている。

「会長となったのは見返りを求めてではなく、台湾企業のイメージ向上のためです」と謝明輝は言う。ベトナムの発展に大きく貢献したのは台湾（産業）、日本（インフラ建設）、韓国（ビル建設）、シンガポール（土地開発）の4カ国だが、中でも台湾企業は雇用を創出し、所得を引き上げて大きく貢献してきたと言う。

ベトナム台商総会はハノイ、バクニン、ホーチミン、ダナンなど14支部を有するが、謝明輝のビンズオン支部が最も大きく、台湾企業の会員は1000社近く、未登録を含めると2000社を超える。雇用従業員数は70～80万人に上り、世界最大の支部と言える。

ベトナムの台湾企業は5400社だが、その75％が南部に集中、その半数がビンズオンに位置する。業種は多岐にわたるが、製造業では既製服が多く、電子、製靴、家具、自転車などが続く。

ベトナム投資に当たっては、ベトナム計画投資省外国投資庁と台湾の現地駐在機関の台北経済文化代表処、外国貿易協会のホーチミン駐在代表処とともに、ベトナム台商総会も必ず訪れるべき場所である。ベトナム投資で欠かせないのは、言語と法律が分る人材である。こういった面でも台商総会は適切なコンサルタントを提供できると、謝明輝は言う。法律の翻訳出版は、台商総会の重要な業務の一つである。

この20年の間に、ベトナムの投資環境は大きく変化したが、変わらないものもある。

変化したものの中では、基本賃金の高騰が一番に挙げられる。謝明輝によると、20年前に投資した時、毎月の賃金は48万ドンに過ぎなかったが、現在では350万ドン（新台幣約5000元）と、ほぼ7倍になった。

ベトナム政府が誘致したい産業も大きく変化し、「ハイテク、教育、サービス業の進出は歓迎されますが、汚染をもたらす産業は歓迎されません」と謝明輝は言う。ベトナム政府は廃水排出基準を引き上げていて、灌漑用水に使えるレベルとしている。

一方では、20年経っても変わっていないものがある。例えば、交通建設は今も大きく遅れている。南北に細長いベトナムだが、現在に至るまで高速道路が整備されていない。5年前にハノイとホーチミンとで都市交通の建設が始まったが、建設は遅れがちで、開通までまだ2年かかると見られている。

また、ベトナムは昔ながらの人間関係がものをいう社会で、地方では人脈が大切である。台湾企業の経営でも、台商総会の運営でも、人脈は大切なのである。

ベトナム台湾工商聯誼総会は近年、台湾-ベトナムの教育交流に力を注いでいる。現地での台湾人学生のインターンシップや、教育部がベトナムで開催する高等教育フェア、台湾に嫁いだベトナム人の職場体験活動などにも積極的に参画している。

台湾とベトナムの懸け橋

2014年5月にベトナムで大暴動が発生し、多くの台湾企業の工場が破壊され、甚大な被害をこうむったのだが、それでも台湾企業の投資意欲が衰えることはなかった。暴動後に工場が全壊した台湾企業は23社あったが、その1社も撤退することはなく、投資はむしろ増加してきた。

去年7月中旬に台湾でアジア台商連合総会が開催されたのに合せて、謝明輝は暴動事件において工場を守ってくれたベトナム人社員18人を、台湾観光に招待した。台北101ビルに始まり、淡水、花蓮、台東から高雄まで旅行し、彼らに台湾の良いところを見てもらった。

これまで台湾企業は中国大陸からベトナムへ幹部を連れてきていたのだが、ベトナム人従業員の声はそれら幹部に抑えられ、それが積もって爆発したのが暴動事件であった。しかし、ベトナム人女性が台湾に嫁いで生まれた新世代がすでに成長し、ベトナム語を話せる次世代幹部がコミュニケーションに加わるようになり、台湾企業の工場管理は以前よりスムースに運ぶようになった。

最近では謝明輝は産学協力に力を尽くし、台湾の学生にベトナムでの研修の機会を提供すると共に、文藻外語大学の学生をベトナムに招いて、従業員に中国語授業を担当してもらっている。さらには新竹市教育局と協力し「母親の実家訪問」プランを推進している。ベトナム人の母親を持つ新世代台湾人に、ベトナムの母の実家を訪問する機会を提供し、双方のコミュニケーションを促進しようというのが目的である。

「ベトナムは9300万の人口を擁し、平均年齢は29歳に過ぎません。労働力は豊富です」と謝明輝は分析し、ベトナムの人口ボーナスは今後15年は続くのでチャンスを生かせると考える。

リスク分散も、当然ながら考えている。2010年には謝明輝は優秀な幹部2名を連れてインドネシアに工場を設置した。さらには、すでに前後5回にわたってミャンマーを視察し、2018年にはミャンマーに工場を設置する予定である。

ベトナムに基礎を築きつつ、東南アジア全体を見渡す謝明輝の投資経験は、まさに誰もが参考にする価値があるだろう。

ベトナム台湾工商聯誼総会は近年、台湾-ベトナムの教育交流に力を注いでいる。現地での台湾人学生のインターンシップや、教育部がベトナムで開催する高等教育フェア、台湾に嫁いだベトナム人の職場体験活動などにも積極的に参画している。

ベトナム台湾工商聯誼総会は近年、台湾-ベトナムの教育交流に力を注いでいる。現地での台湾人学生のインターンシップや、教育部がベトナムで開催する高等教育フェア、台湾に嫁いだベトナム人の職場体験活動などにも積極的に参画している。

ビジネスで成功した謝明輝は、2016年7月に台湾で台商連合総会の年度会議が開かれた際に、ベトナム工場の優秀な社員を台湾旅行に招き、台湾の風土や文化に触れてもらった。

今立プラスチック工業では、主に靴のソールを生産しており、従業員は2000人を超える。