226kmとはどんな距離だろう。

国道1号線を基隆から雲林北端まで行く道のりと等しく、車で3時間以上かかる。トライアスリートの李筱瑜は、2015年のアイアンマン･ジャパン北海道で10時間22分59秒のタイムをたたき出した。スイム3,800ｍ、バイク180km、ラン42.195kmのレースで世界各地から集まった選手を圧倒し、女子三連覇を果たした。現在、ポイントランキングはアジア女子トップである。

2013〜2015年、李筱瑜はアイアンマン･ジャパン北海道で三連覇を成し遂げた。（下／陳恵君撮影・右／王嘉菲撮影）

プロへの転向・孤独の道

39歳の李筱瑜は現在、プロトライアスリート･アイアンマン世界ランキング35位につけている。35歳でプロの道に進むまで、丸2年悩んだ。

2012年にアマチュア(エイジグループ)で競技に参加した当時、世界女子ランキングで31位だった。レース中に他国の多くの選手から、プロでやっていけると勧められた。当時世界ランキングトップの英国選手クリッシー･ウェリントンも36歳だったから、年齢は問題ではないと自分に言い聞かせ、辛く孤独なプロの道を決意した。

「35歳でのプロ転向はもう後がありません。プロになったばかりの頃は、本当に先が見えませんでした。台湾では前例がなく、誰かの真似もできません。コーチも見つからない。だから決める前にずっと悩んだのです」プロ転向の前、李筱瑜は2010年から3年連続、ロングディスタンスのエイジグループで好成績をあげていたから、ハワイのコナで行われるアイアンマン世界選手権に出場することができた。

コナ大会はアイアンマンレースの最高峰である。李筱瑜は初出場で3位に入賞した。中華民国の国旗をハワイの土に立てると、応援に駆けつけていた台湾のギャラリーが感動の涙に濡れた。

「私のレースはスイムを終えて岸に上がってから始まります」。左手の神経を傷めている李筱瑜は、後半のバイクとランで逆転勝利を狙うのが常だ。（左端と上／王嘉菲撮影・左／陳恵君撮影）

事故で暗転する人生

高雄に生まれ台南新営で育った李筱瑜は、無口な子供だった。自閉症を疑われたほどである。小4の体育の授業、短距離で子供時代が一変した。「ホイッスルを聴いて飛び出し、ゴールに着くとみんながずっと後ろにいたんです」

一躍クラスのスターになった。走ることが好きになり、中学のときはいつもトラックを走っていた。汗を流して息を切らし、走るときの孤独を楽しんだ。

高校でも毎日走った。台南後壁の学校から新営の家まで走って帰って食事し、また走って学校に戻る。往復14km、毎日普通のことだった。

17歳のある日、省道でランニングをしていた李筱瑜は、バイクにぶつかられ、脊髄損傷で左半身が麻痺する。ベッドに横たわり、毎日自問した。天はなぜ私を事故に遭わせたのだろう。

「左半身を少し移動するだけで、とてつもない痛みが脳から手足の隅々まで貫きました。痛くて涙が出ました。そんな中、これで終わってたまるかという悔しい気持ちがありました」記憶は今も胸の奥底に刻まれている。

退院して家で休養したが、母は毎日仕事に出かけねばならない。ひとりベッドで天井を見つめ、自分で立ち上がらなかったら、残りの人生はどうなるのか、不安が募った。

「私のレースはスイムを終えて岸に上がってから始まります」。左手の神経を傷めている李筱瑜は、後半のバイクとランで逆転勝利を狙うのが常だ。（左端と上／王嘉菲撮影・左／陳恵君撮影）

再び立ち上がるために

そこで生爪を剥がされるような痛みに耐え、毎日少しずつ指を移動した。痛みに堪えきれなければ泣き叫ぶ。泣き終えたらまた動かす。痛みをひとつ乗り越えるごとに、手足がベッドの縁に1cm近づくと自分を励ました。半年後、ついに再び立ち上がった。「事故は若い私に、痛みとは何か、身体のもつ潜在能力とは何かを教えてくれました。走れるようになるまで、天がくれた奇跡を無駄にはしないと誓いました」

回復すると、姉の勧めで体育専科学校に進学し、鍛えなおしてスポーツマンの体力を取り戻した。卒業後はジムインストラクターになり、同僚に勧められてトライアスロンを始める。

初参加の澎湖で行われた51.5kmのトライアスロンでは、自転車のハンドルを固定するボルトがなくなってしまい、割り箸を打ち込んで固定した。ヘルメットを持ってくるのを忘れて、現地の作業員に黄色いヘルメットを借りた。自転車の黄色いフレームとコーディネイトしているなどと能天気なことを考えながら、レースに参加した。

ところが李筱瑜がフィニッシュしても、誰も歓声を上げない。少し気落ちして場外で荷物を整理していると、大会アナウンスの興奮した声が聞こえた。「女子チャンピオンが帰ってきます！」李筱瑜は変に思った。「あれ･･････じゃあ私は何着だったんだろう」

初参加のため誰も「彼女」を知らず、突然現われた精悍な筋肉と浅黒い肌に、男子と勘違いされたのだった。こうしてひそかに女子優勝を勝ち取り、男女総合でも12位に入った。だが優勝杯を受け取っても、特に嬉しくはなかった。その後も多くの競技に出たが、本当のライバルに出会わなかったからである（いつも最初にフィニッシュしていた）。そこで「ショートディスタンス」の51.5kmトライアスロンから、103kmダブルオリンピックディスタンス、226kmアイアンマンへと距離を伸ばし、そしてついにプロになった。

「私のレースはスイムを終えて岸に上がってから始まります」。左手の神経を傷めている李筱瑜は、後半のバイクとランで逆転勝利を狙うのが常だ。（左端と上／王嘉菲撮影・左／陳恵君撮影）

岸に上がってからが勝負

李筱瑜が作ったもう一つの記録は、29歳の「高齢」でトライアスロンの代表選手になったことである。2006年のアジア選手権、ドバイアジア大会……ナショナルチームのメンバーになる過程では紆余曲折あったが、これ以上の栄誉はなく思えたし、興奮を覚えた。

プロ転向後は一つひとつの競技が世界ポイントランキングに関わってくる。百戦錬磨の李筱瑜だが、スイムの前は緊張するという。「3.8km泳いで岸に上がってからが勝負です。後の2つの種目、バイクとランで挽回するんです」李筱瑜のレースは「逆転勝ち」が公式である。特にランは、自分は短足だと笑いながら、常に前の選手を追い抜く自信がある。

交通事故以来、左手の末梢神経は今も感覚がない。水をかくときに力が感じられず、両腕の筋肉も顕著な差がある。スイムでどのくらい成績に差がつくのか尋ねると、李筱瑜は答えた。「もっともっとがんばらないと、他の人と同じにならない、といったほうがいいでしょう」

マネージャーの陳恵君は、長い間競技につきあってきた。李筱瑜の自伝『小短腿来了！(短足が来た！)』の執筆を助けるために、3年かかって李筱瑜の胸に眠る記憶や想いを掘り起こしてきた。「李筱瑜はいつももっといい自分を見たいと願っていて、他人の叱咤は要りません」毎日スケジュールどおりに自主練習し、スイム、バイク、ランのどれも欠かさないという。努力すれば必ず前進すると信じているのである。

「何もしないでおいて、できないという人が理解できません。鍛えなければ衰えます。鍛えればきっと前進します。きっと！」李筱瑜は、一日のノルマをこなさなければ、眠れないという。

半身不随から立ち直った李筱瑜は、この奇跡に大切にし、どんな困難にぶつかっても乗り越えてきた。（荘坤儒撮影）

夢を定めたら実現させる

アイアンマンレースは人体の極限への挑戦であるとともに、「痛い」レースである。以前の李筱瑜は忍耐強く、泣くことはなかったが、アイアンマンで、泣くことを学んだ。涙は弱さではなく、そのためにレースを投げ出すこともない。

モンゴルのマウンテンバイクレース「モンゴリア･バイクチャレンジ」では、10日間のレース中、毎日ほとんど砂利道を走り、両手が振動でしびれて痛むうえに、臀部は摩擦で傷ができ、炎症が化膿して、サドルに座れなかった。しかたなく数時間ダンシング（立ち漕ぎ）を続け、痛みに吼え、泣きながら走った。これには外国人選手も驚き、その晩、痛みにやさしいサドルをプレゼントしてくれた。

李筱瑜は茶化していう。「きっと翌日は静かなレースがしたいと思ったんでしょう」どのくらい痛かったのか尋ねると、深く息を吸い込んで答えた。「痛いのなんのって、息ができないくらい。それでもあきらめたくなかったんです。あきらめるのはもっと痛いから」

バイクで両足にこむら返りを起こしたことがある。自転車ごと転んだあと、筋肉の痛みに耐えつつ再び自転車に飛び乗り前進した。水温零度近い湖から岸に上がり、手足が凍えて感覚がなくなったこともある。下痢でトイレを探しながら走り、腹痛に耐えながら弱々しく完走したこともある。喘息の発作が起きてぜいぜいいいながら走り、大会係員が止めても聴かなかった。決してあきらめないのは、完走が自分自身を意味し、台湾をも意味するからである。

人体が耐え得る最大の痛みは経験した。アイアンマンレースの孤独にも勝ってきた。李筱瑜は超越と征服の雄雄しさを胸にいだく。「極限に挑むスポーツにとりくんで、そこで見えてくるのは、体に限界はないということです」

夢を定めたら、実現させる。李筱瑜は世界ランキング10位に向けて邁進する。「上位10位でなければ表彰台に上がれません」自らに無限の期待と激励を寄せる。この夢のために、自信に満ちて短い足を全速で前進させている。

「ただひたすらトレーニングを重ねるのみ」自分が強くならなければ、厳しいコースや気候の変化を克服できない。（左／ディエゴ･サンタマリア撮影・右／陳恵君撮影）

「ただひたすらトレーニングを重ねるのみ」自分が強くならなければ、厳しいコースや気候の変化を克服できない。（左／ディエゴ･サンタマリア撮影・右／陳恵君撮影）

プロ･アスリートの道は孤独で険しいが、李筱瑜は世界ランキング10位以内という目標に 向って邁進する。（荘坤儒撮影）