無限に広がる

写真展の可能性
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2018 / 12月

文・蘇俐穎 写真・林旻萱  翻訳・山口 雪菜


影像世代にとって写真は最も身近なアートである。ポートレートから街の風景、景色まで、さまざまな写真が日常生活にあふれている。ただ、画像だけで、言葉による説明がなければ、分かりにくいことも多い。そこで写真に込められた意味やメッセージを知らせるにはどうすればいいのか、写真家たちにお話をうかがった。


温かい日差しが降り注ぐ台中。堂々とそびえる国立台湾美術館は絶好の背景となり、週末には、多くの写真愛好家や結婚写真の撮影クルーがやってくる。

2018年、館内では日本の清里フォトアートミュージアムとの交流展、張照堂と沈昭良の企画になる「回望—台湾写真家の島嶼凝視1970s-1990s」と日本の清里フォトアートミュージアムが企画した「原点を、永遠に。—清里フォトアートミュージアムコレクション精選展」が開かれ、多くの写真ファンが訪れている。まさに写真ファンが行き交う美術館である。

写真展:時代と個人

絵画や彫刻などの芸術とは違い、カメラという器機を使うことから、写真芸術の歴史は浅い。しかし、写真は「決定的な瞬間」をとらえることができ、また技術と価値を内包するため、一般の芸術と同等の地位を獲得している。

近年、芸術の殿堂とされる国立美術館で次々と写真展が開催されていることは、写真芸術が熱い視線を浴び、写真が現代アートにおいて重要な地位を占めることを示しているようだ。特に、写真の正統な教育が不足している台湾では、美術館が開催する展覧会が写真芸術に触れる重要な機会となる。「国立美術館として優れた写真教材を提供できればと考えています」と同館収蔵部門の馮勝宣・副研究員は言う。

国家レベルの美術館として、国立美術館は、台湾の完全な美術史を構築し再現する使命を負う。この十年、国立美術館では歴史の時間軸にしたがって台湾の写真の変化や内容を示す展覧会を開いてきた。例えば2010年の「日本統治時代の写真館」、2014年の「1940s-1970s影像追尋」、2016年の「1890s-2015原作展」などである。いずれも歴史の流れを追いつつ時代を区切り、台湾の写真の変遷とその内容を見つめる展覧会だ。

国立美術館が古今の変化を考える展示を行なうのと違い、地方の美術館はさまざまな角度から写真芸術の本質を追求している。特定の写真家の個展や回顧展を通して作者の心象風景を探るものである。例えば台北市立美術館では、駱香林や李鳴雕、張才といった上の世代の写真家や、陳順栄、呉政璋、張照堂、沈昭良、陳界仁などの現代写真家の個展を開いている。

また、台北市立美術館では2017年に「微光闇影」展を開催した。アートとしての視点からさまざまなテーマを通して写真の本質を問うもので、さらに映像を加えて従来の写真展とは異なる形で芸術における写真の定義を広げた。こうして地方の美術館もそれぞれの使命を果たし、国立美術館と相互に補い合っている。

ジャンルを越えて

美術館は深遠な使命を持つが、民間の小さな展覧会はそれぞれの創意を際立たせる十年ほど前、写真家の李旭彬は、文化の薫り高い台南に「海馬迴光画館」を開いた。写真や写真教育の推進を趣旨とする同館は画廊や教室、暗室などの機能を持つ複合空間で、すでに写真界において重要な存在である。

写真は情景や雰囲気をとらえることができるが、出来事の特質を精確に伝えるのは難しい。そこで李旭彬は写真そのものの限界を破り、映像やインスタレーションなど異質な素材を組み合わせて写真家の思いや写真の背後にある文化的、歴史的意味を表現しようとしている。

「写真家はストーリーテラーであり、その物語をどう語るかが最も重要です」と李旭彬は言う。2016年、台南の呉園で開催した「見証二二八——台南地区二二八事件受難者写真展」は、その一例と言える。重苦しい歴史的事件をテーマとする展覧会だが、悲劇を訴えるのではなく、「人」を手掛かりとし、観客と写真の中の人物との距離を縮めることを考えた。

展覧会場には、よく見られる巨大な写真や年表などはなく、古い家具が置かれ、そこに受難者に関する文献や歴史的写真、家族の録音などの資料が並べられた。こうして受難者一人ひとりのプライベートな空間が作り出され、写真家・潘小侠がとらえた受難者家族のポートレートが「痛点」となって展覧会場に美の張力をもたらした。

近年は、海馬迴光画館が開催した林柏<ع展や王有邦展などが大きな反響を呼び、多くの人の語り草となっている。

「どの写真家にも、独特のストーリーと、それにふさわしい切り口があります」と李旭彬は言う。早くから有名になった林柏樑は初期に席徳進に師事した台湾の重要な写真家で、かつて周夢蝶や葉石涛、七等生といった台湾の重要な作家の写真も撮った。だが、ここで個展を開くまでの20年は光を当てられることはなかった。

人々にポートレートの意義を理解してもらうため、李旭彬は録音や映像を通して林柏樑の写真の背後にある物語を伝え、この写真展のガイドブックも作った。ガイドブックは5×7の印画紙の箱の中に入っており、かつて林柏<عと席徳進が交わしたハガキを復刻したものと、李旭彬が文字をまねて書いた手紙が入っている。手紙は林柏<ع宛に書かれているが、これは展覧会の序言で、これを読むと展覧会全体が写真家の人生の備忘録であるかのように理解できる。

この小規模な展覧会は大成功を収め、後に高雄市立美術館に招かれて同館でも同様の展覧会を開き、林柏樑という写真家の名声も再び大いに高まった。

これとはまったく背景の異なるアマチュア写真家の王有邦は、24年にわたって屏東県の先住民集落である好茶集落を記録してきた。災害で崩落した集落への古道やその再建の過程などを記録してきたのである。李旭彬は、手描きで古道の等高線を描き、写真をそれぞれの位置に展示した。「展覧会を見ることで『集落へ帰る道』を歩いたのと同じ経験ができます」と李旭彬は言う。

こうした創意が好評を博し、台新芸術賞の審査員からも、この写真展は記録や肖像といった写真の美学の限界を乗り越え、鑑賞者を実際に現場に参加させる道を示したと高い評価を得ることとなった。この展覧会は後に順益台湾原住民博物館や国立美術館でも開催された。さらに高雄美術館では、企画全体の収蔵も議論されている。

展覧会としての写真集

日本で非常に重要な位置にある写真賞——木村伊兵衛賞の範囲は、展覧会や書籍の分野にも及ぶ。写真家の沈昭良はこう語る。写真集の質が高まれば、書物の意義は出版物の内に留まらず、それは凝縮した展覧会空間にも匹敵する。装丁の美と相まって、写真を解釈するフォトブックの重要性は写真展にも劣らない、と。

同じく台南に根を張って活動する若い写真家の林思萱は、写真をテーマとする書店「目囲書店」を設立した。「あなたが思いつくものはないかも知れないが、あなたが思いつかないものがあるかもしれない」という独特のスタイルで400種以上の写真集やフォトブックを店内で読めるようにしている。好奇心から店に入った人は、ここで思いがけず写真と素晴らしい出会いをするかもしれない。

林思萱は定期的に海外へ行き高価で重い「古本」を探してくる。例えば、『Astres Noirs』はスマートフォンで撮った写真ばかりを掲載した一冊だが、黒い紙に銀色のインクで印刷してあり、幻想的な雰囲気をかもし出す。『双囍』は、中国の伝統的な結婚披露宴で来賓にタバコを勧める文化をテーマとしたものだ。同書の函は双囍マークのタバコの箱のデザインになっている。無名のアマチュア写真家たちが廃棄したフィルムから作られた写真集で、大きな反響を呼んだ一冊だ。

林思萱は、写真のハードルは高いとも低いとも言え、アカデミックな分析もできれば、直感だけで鑑賞することもできると言う。どちらも間違っていないが、写真は日常生活の中にあるものだと考えている。

彼女は、1996年に日本の木村伊兵衛賞を受賞した写真集『Silent Mode』を例に挙げる。作者の瀬戸正人が、相手から撮影許可を得ずに電車の中で撮った多くの女性のポートレートを集めた一冊だが、後にこれらの女性たちから肖像権侵害で訴えられた。このことから、日本で売られるスマホはシャッター音が消せないようにするというルールができた。

アマチュアの写真愛好家だった林思萱は、後に写真を職業とすることを決意した。こうした背景から、写真に対する彼女の見方はアカデミックな背景を持つ写真家とは大きく異なる。彼女は一般大衆と向き合い、親しみやすい空間を創った。写真に詳しくない人も気兼ねなく出入りでき、閲覧エリアには広い畳の空間も設けて、誰でも寝転がって快適な方法で写真集を見られるようにした。写真集を観賞するには、作品の背景に関する知識が必要なため、お客同士の議論を奨励し、また自らの感想も話す。

写真を広めたいと考える彼女は、店内にある仕掛けをしている。スマホの通信状態が良くないトイレに、フィルムの入ったカメラを置き、お客に自由に写真を撮ってもらい、それを現像したものをインスタグラムで発表しているのである。スマホの使えない空間で自ら写真を撮ってもらう。写真芸術は日常生活の中にあるのだ。

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The Many Faces of Photograph Exhibitions

Lynn Su /photos courtesy of Lin Min-hsuan /tr. by Geof Aberhart

The art of photography has long been the one most tied to everyday life, from portraits and street shots to landscapes. However, while it can create spectacular scenes, its lack of linguistic explication has traditionally left viewers to guess at what those scenes mean. As a result, photographer after photographer has come up with ideas for how to best help those viewers appreciate the deeper meanings of the images and share in the appreciation of the art.


 

The National Taiwan Museum of Fine Arts (NTMoFA), with its striking architecture, stands out among the buildings of Tai­chung. Every weekend and holiday it provides a beautiful backdrop for everyone from amateur shutterbugs to professional teams shooting wedding photos.

In 2018, the ­NTMoFA has teamed up with Japan’s Ki­yo­sato Museum of Photographic Arts to hold two heavyweight photo exhibitions, drawing in crowds of photography lovers. The entire museum, inside and out, has become a mecca for fans of photography.

Macro and micro, period and person

Being more dependent on technology than traditional arts like painting and sculpture, the rise of photography is a relatively recent phenomenon. However, its ability to capture the “decisive moment,” and the technical skill involved, have helped it rise to a status equal to other art forms.

Over recent years, the ­NTMoFA has played host to several heavyweight photography exhibitions, a trend that seems to imply that people’s passion for photography as art is booming, and that announces photography’s important place in contemporary art. In Taiwan, where there is little in the way of formal education in photography, such exhibitions have become major conduits for the public to get access to photographic art.

As a national art museum, the ­NTMoFA’s mission has always been to help construct a fuller picture of Taiwan’s art history. Looking back over the most standout photography exhibitions the museum has hosted over the past decade thus gives us a time-lapse look at how Taiwanese photography has grown and evolved.

In contrast with the ­NTMoFA’s attempt to bring past and present together to form a unified whole, more local museums tend to try and explore the artistic essence of photography from other perspectives. Such museums have hosted solo exhibitions from a variety of artists, from Lee Ming-tiao and ­Chang Tsai to ­Chang Chao-tang and Shen Chao-­liang.

The 2017 exhibition “Faint Light, Dark Shadows” set out to question the essence of photography through a variety of themes and from an artistic perspective. It also went beyond the bounds of the ­traditional photographic exhibition and expanded the position of photography within art through the inclusion of video. From this, we can see that such regional museums play a valuable role as counterparts to the ­NTMoFA.

A new photographic language

Exhibitions at art museums tend to be more academic in nature and broader in scope, while smaller privately run exhibitions generally lean toward more creative approaches. Nearly a decade ago, photographer Lee Hsu-pin chose Tai­nan, known for its artistic and cultural side, to be home to the “Foto­aura Institute of Photography.” Since then, Foto­aura has hosted several significant events in photographic culture.

Confronted with photography’s inherent ability to capture scenes and atmospheres and its inability to clearly describe the nature of events, Lee has striven in his curation of exhibitions to go beyond the ontological limits of photography by mixing in other media, including video and installation art, to help draw out the inner world of the photographers and the hidden meaning within their images.

In recent years, solo exhibitions by Lin Bo-­liang and Wang Yu-pang have been held to rave receptions, as Lee enthusiastically recounts.

“Every photographer has his own unique story and starting point,” says Lee. For example, Lin Bo-­liang, who in his youth was taught by Shiy De-jinn, was an important player in Taiwanese photography, and captured images of major literary figures like Chou Meng-tieh, Yeh Shih-tao, and Qi Deng­sheng. However, before this solo exhibition, he had lain silent for some two decades.

To help bring people to an understanding of the meaning of Lin Bo-­liang’s portraits, Lee made use of methods including video and audio to assist Lin in telling their stories. He also designed a handbook for the exhibition which came in a five-by-seven-inch metal photo-paper box. It included reproductions of postcards sent between Lin and Shiy De-jinn, newspaper and magazine cuttings, and a “preface” written by Lee in the guise of a letter from himself to Lin. The handbook was a kind of primer for the show, while the exhibition itself was almost a biography of the photographer.

That small solo exhibition was such a great success that it attracted the attention of the Kao­hsiung Museum of Fine Arts, resulting in both an invitation to move the exhibition there and the reinvigoration of Lin’s reputation.

Wang Yu-pang, meanwhile, comes from quite a different background. For the past 24 years, this self-taught photographer has made the abandoned Ru­kai village of Ku­ca­pun­gane (known as Hao­cha in Chinese) in Ping­tung County his subject, recording the process of its people’s rebuilding of the trail to their old home after the trail was destroyed by storms and landslides. Lee Hsu-pin used painting to reproduce the rising and falling contours of the old trail on the exhibition walls, with the photos displayed in their actual geographical locations. “Walking through the exhibition is then like walking their ‘trip home’ yourself,” remarks Lee.

These creative ideas have won no shortage of recognition, including positive reviews from the judges of the Tai­shin Art Awards, who noted how the exhibition broke free of the usual aesthetic constraints of genre, transforming the experience for visitors into one of getting involved with documents and clues. This exhibition also landed an invite from the ­Shung Ye Museum of Formosan Aborigines and another from the ­NTMoFA. The Kao­hsiung Museum of Fine Arts was so taken with it that, in an unprecedented move, they were eager to discuss the possibility of acquiring both the photographs and the exhibition design for their collection.

An exhibition in miniature

Japan’s most prestigious photography award, the Ki­mura Ihei Award, looks at works from both exhibitions and books. Photographer Shen Chao-­liang once said that as the quality of photography collections improves, books will become more than just printed works, evolving into something closer to concentrated exhibition spaces. With their framing and reinterpretation of the images within, books of photo­graphy take on an importance no less than that of one-off exhibitions.

Similarly based out of Tai­nan, young photographer Lin Si­xuan, known in photography circles as ­Shuang Mien ­Chiao (“double-sided tape”), started her own photo­graphy-themed bookstore, Orbital Books. The store offers over 400 photobooks for perusal, operating on the principle that “we might not have what you were looking for, but we might have what you never knew you wanted.” Photography fans and curious readers alike are drawn to this space for unexpected encounters with photography.

Every so often, Lin will head abroad to seek out out-of-print and other hard-to-find books. While some may see such books as ponderous and pricey, what she sees is the creativity therein, and that makes it all the harder to leave them unpurchased. Take Astres Noirs, for example. A collection of images shot on cellphones, the black paper and silver ink the book is printed with make for a magical atmosphere, echoing the way photo­graphy captures everyday moments in a flash. Or what about Until Death Do Us Part, a unique collection of shots of traditional Chinese wedding banquets and their tradition of having the bride light a cigarette for each male guest as a gesture of appreciation. The book comes in a 1:1 replica of a “Double Happiness” brand cigarette pack and transforms the abandoned negatives of an unknown amateur photographer into a gorgeous experience that is sure to spark up conversation among photography fans.

Lin spent years as an amateur shutterbug before finally setting her mind to going pro, and this background has given her a very different perspective than more “academic” photographers. She has consciously oriented her store toward the general public, making it accessible even to those who have no real understanding of photo­graphy. These total newcomers can walk in and pore over a few books in the reading area as they sit or lie on the tatami mats that line the floor, finding whatever position makes them comfortable. Looking over such collections often requires taking advantage of reference materials and the knowledge of those around one, so Lin encourages her guests to chat, and she herself will often share her own experience with them too.

In the interests of promoting the hobby, Lin has also stashed an old-school film camera in the bathroom, where the cellphone signal is terrible. Customers can freely make use of the camera, and when each roll of film is done, she gets it developed and scanned and posts the pictures on Instagram. Through this, she encourages her customers to think about photography as part of daily life, and about getting involved in a virtual photo exhibition, while they’re stuck unable to futz with their phones.

展覽萬象

觀看影像的一百種方式

文‧蘇俐穎 圖‧林旻萱

影像世代以降,攝影是最近身的藝術,從人像、街拍到風景,各式各樣的畫面,早已填滿你我的日常。只不過,攝影以情境見長,卻沒有文字論述的透闢,往往費人猜解,因此,如何讓人領略影像裡的微言大義,共饗「觀賞的藝術」,攝影家們紛紛提出良計。


 

風和朗麗的台中,國立台灣美術館堂皇屹立,錯落跌宕的建築外觀,猶如絕佳的布景舞台,每逢周末假期,便有不少攝影同好、婚紗團隊前來外拍。

而在館內,今(2018)年國美館與日本清里攝影美術館共同舉辦跨國交流展,由攝影家張照堂、沈昭良策畫的「回望──台灣攝影家的島嶼凝視1970s-1990s」,以及清里攝影美術館策畫「起始‧永遠──日本清里攝影美術館典藏精選展」,接連兩檔重量級攝影展上檔,吸引著攝影同好紛紛前往。整座美術館,就猶如攝影迷的集散地。

攝影展:宏觀時代,微觀個人

雖然相較繪畫、雕刻等藝術,由於仰賴機械設備之故,攝影藝術的興起只是晚近的事。然而,攝影能捕捉「關鍵性瞬間」的特質,與其中意蘊的技術與價值,便足以確立與其他藝術平起平坐的地位。

近年,堪稱藝術殿堂的國美館屢有重量級攝影展上檔,似乎意味著攝影藝術的熱潮,也宣告了它在當代藝術的重要地位。尤其,在缺乏攝影正統教育的台灣,美術館系統所舉辦的攝影展,也成為民眾觸及攝影藝術的重要管道。「我們期許國美館能提出很好的攝影教材。」國美館典藏組副研究員馮勝宣這樣說。

作為國家級美術館,國美館的使命始終在於建構出完整台灣美術史的論述。因此,綜觀近十年內館內代表性的攝影展,好比2010年「凝望的時代──日治時期寫真館的影像追尋」、2014年「看見的時代──影會時期的影像追尋1940s-1970s」與2016年「銀鹽世代──尋找歲月靈光  台灣攝影家原作展1890s~2015」,多依循歷史軌跡,藉時間區段式的彙整,爬梳台灣攝影的流變與內涵。

相較於國美館具「通古今之變,成一家之言」的企圖,地方性美術館嘗試由不同角度探索攝影的藝術本質。除了常見的攝影家個展,藉作品回顧,窺看攝影家的心象風景,以台北市立美術館為例,台灣前輩攝影家駱香林、李鳴鵰、張才,當代攝影家陳順築、吳政璋、張照堂、沈昭良、陳界仁等人,都曾在此舉辦過個展。

另外,北美館於去(2017)年舉辦「《微光闇影》攝影展」,由藝術的角度出發,藉多重主題詰問攝影的本質,同時加入錄像手法,跳脫傳統的攝影展格局,拓寬攝影在藝術中的定義。由此可見,地方性美術館可謂各司其職,與國美館相輔相成。

跨域合作,影像敘事新語言

美術館的策展初衷立意深遠,民間的小型展覽多則以創意見長。尤其離開商業色彩濃厚的台北,也有了更多容許實驗的空間。

近十年前,攝影家李旭彬選擇在藝文氣息濃厚的台南,成立了「海馬迴光畫館」,如今,這個以推廣攝影、攝影教育為主,結合藝廊、教室、暗房等功能的複合式空間,已是許多攝影文化重要的案發現場。

國美館展覽組組長蔡昭儀提到,作為當代重要的技術、媒材,攝影是藝術,是許多當代藝術家汲取創作靈感的來源,也是重要的文獻來源,被廣泛使用於各類型展覽。

只不過,面對攝影善於捕捉情境、氛圍,卻無法精準闡釋事件的特質,多次策劃攝影展,李旭彬跳脫攝影本體論的侷限,他嘗試結合錄像、裝置藝術等異質媒材,幫助呈顯攝影家幽密的心靈風景,以及影像背後的文史意涵。

「攝影師就是說故事的人,故事要怎麼說,才是重點。」李旭彬這樣說。2016年,在台南吳園舉辦的「見證二二八──台南區二二八受難者影像展」便是一例。看似命題沉重的歷史展覽,卻跳脫訴諸悲情,選擇逆向操作,以「人」為線索,拉近觀者與被觀者的距離。

展覽現場,不再是乏善可陳的大圖輸出、年表資料,化身展覽平台的老家具,錯落在結構破碎的展場空間中,上頭陳列受害者的書面文獻、歷史照片與家屬錄音等文獻資料,藉由營造出每個受難者的私密空間,由攝影家潘小俠所拍攝下的受害者家屬肖像,恰如展場中的「刺點」,輻輳出美學張力。

近年在海馬迴光畫館所展出的林柏樑、王有邦的個人展,所帶動的效益與熱烈的迴響,更是讓他津津樂道。

李旭彬認為:「每個攝影家,都有自身獨特的故事與合適的切入點。」成名甚早的林柏樑,早年師事席德進,是台灣重要的攝影家,曾拍過周夢蝶、葉石濤、七等生等重要文學家;不過,在這場個展以前,他已沉寂約廿年。

為了引導大眾瞭解人物肖像的意義,李旭彬運用錄音、錄像等方式,協助林柏樑講述影像背後的故事,另外費心設計展覽的導覽手冊;手冊外殼是5×7相紙的鐵盒,內容復刻了昔日林柏樑與席德進通信的明信片,以及在報章雜誌上的歷史報導,李旭彬再仿擬書信筆法,將一封看似寫給林柏樑的信,作為展覽序言,手冊猶如引子,整個展覽,就如同攝影家的人生備忘錄。

這個小型個展大獲成功,除了吸引到高雄市立美術館的注意,邀請移師至高美館再次展出,攝影家的名聲也藉此重振。

背景截然不同的素人攝影家王有邦,24年來,自發性地以屏東好茶部落為題,紀錄下由於天災之故而崩塌的部落古道,以及族人為了重建回家之路的點滴。李旭彬選擇以手繪的方式,在展板上按等高線重現古道的高低起伏,相片則放在風景真實所在的位置,「來到展場,就等同可以把『回家的路』走過一遍。」李旭彬說。

種種創意也獲得不少肯定,台新藝術獎評審給予正面評價,表示展覽突破紀實、肖像等類型攝影在美學上的侷限,並轉換成參展觀眾可實際參與的文件與線索。展覽也獲邀到順益台灣原住民博物館、國美館再次展出,高美館尤其青睞,首開先例,討論將攝影作品連同策展企劃,一同收入典藏的可能。

攝影集:微型紙上影展

日本最重要的攝影獎「木村伊兵衛賞」,評選範圍涵攝了展覽、書籍兩大類;攝影家沈昭良也曾說過,隨著攝影集的精緻度提升,讓書的意義不僅是平面出版物,更猶如經過濃縮的展演空間。結合裝幀工藝,重新詮釋影像的攝影書,重要性並不亞於一期一會的展覽。

同樣紮根台南,由年輕攝影家林思萱(攝影圈多稱她為「雙面膠」)所創辦的攝影主題書店「目圍書店」,秉持著「你想的到的我不一定會有,你想不到的我可能會有」的獨特經營風格,提供超過四百種以上供內閱的攝影書籍,不論是攝影迷,或是出於好奇前往一探究竟的讀者,都能在這裡與攝影有一場出乎預期的相遇。

林思萱每隔一段時間,就會出國尋找「古本」,別人眼中既沉重又昂貴的攝影集,她卻能洞見其中的創意。好比《Astres Noirs》,影像均由手機拍攝,但藉由黑色紙張搭配銀色墨水的印刷,營造出魔幻的氛圍,猶如呼應攝影即在捕捉日常倏忽閃現的靈光一瞬;或者《雙囍》,以中國傳統婚宴場合獨特的敬菸文化為題,書殼即是一比一的「雙囍牌」菸盒,這批來自不知名素人攝影師所拍攝的廢棄底片從此華麗轉身,在攝影迷中點燃話題。

林思萱說,攝影門檻可高可低,學院派的精闢分析,或者簡單的直觀詮釋,都能同時並存,沒有孰對孰錯,一切取決於觀者的觀看方式;不過,攝影就是日常的衍生物,因此再生活不過。

她以1996年獲日本木村伊兵衛賞的攝影集《Silent Mode》為例,攝影家瀨戶正人在未經告知的情況下,拍攝電車上多位女性乘客的肖像,並集結付梓,事後,卻引發這些女性對攝影師集體提出控訴,此案以後,日本政府規定,所有的日本手機都必須有快門聲,無法靜音。

曾經有長時間都只是一名業餘愛好者的她,後來才毅然決然選擇以攝影為職,這樣的背景,也讓林思萱與許多學院派的攝影師觀點大不相同。她有意識地面對一般大眾,將空間打造得平易近人,即便對攝影毫無概念的客人,也能自在出入,內閱區設置了大面積的榻榻米,或坐或臥,所有人都能找到自己最舒適的方式,而閱讀攝影集時常得借助周邊知識的旁徵博引,因此林思萱鼓勵客人討論,她自己也會向客人分享心得。

以推廣為志的她,特意在店中埋下伏筆,在收訊不佳的廁所,擺上傳統底片相機,供客人免費使用,她再將拍完的底片拿去沖洗,並在Instagram 上發表,藉此鼓勵客人,既然無法上廁所滑手機,不如身體力行參與一場行動攝影展,畢竟,攝影藝術就發生在日常生活之中。

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