豊かな包容力で知られるタイ。伝統と現代が肩を並べ、外来文化も一角を占めている。バンコク国際ブックフェアの会場では、中央に巨大なレリーフの仏像が立ち、訪れた人々を見守っている。この目を引くオブジェは、仏教国であるタイの本質を際立たせるとともに、そのデザインレベルの高さを宣言しているかのようでもある。

バンコクのブックフェアは、版権取引より一般向けの販売をメインとしており、タイの一般市民の購買力の高さが見て取れる。会場では、中国の歴史を背景としたネット小説が幅を利かせ、さらにボーイズ･ラブ、ホラー小説、日本の漫画、アメリカのアニメなど、エンターテインメント･ジャンルの勢いが凄まじい。また、ヨーロッパ風の装丁も美しい翻訳書や、中国の歴史文化、インドをテーマとする書籍、タイの王室や軍事政権関連の本なども見られ、場内はまるで多様な文化が互いを刺激し合う坩堝のようである。

台湾の出版社は大量の本をもって出展し、現地の出版社に鮮明な印象を残した。

台湾とタイのユーモアが共演

人でごった返す会場内で、今回の主賓である台湾は三大展示エリアを設けた。台湾の風土民情と文化的特色を紹介する「テーマ国エリア」、さまざまなジャンルの書籍を扱う「国際版権エリア」、そして台湾の漫画雑誌「Creative Comic Collection創作集」の連載内容をバーチャル化して楽しむ「CCCバーチャルエリア」である。これらに加え、音楽公演や映画上映、作家の講座など50以上のイベントが行なわれ、人々に台湾のイメージを植え付けた。

交流とは、平等で開放的でなければならず、互いに友好の手を差し伸べ合ってこそ往来が可能になる。台湾の展示では、いかにタイ側と交流するかも大切な点であった。

テーマ国エリアのキュレーターを任されたデザイナーの蕭青陽は、台湾とタイの類似性から対話の可能性を探った。例えば、西洋人がタイランドとタイワンを間違えやすいことや、地理や気候面の類似点などだ。そして「Tai-Thai Reading」を全体のテーマとし、台湾に昔から伝わる布袋戯（人形劇）を会場のメインビジュアルとし、二冊の本を開いて対話をしているようなイメージができあがった。

ブックフェアが始まる前から交流は始まっていた。タイのクリエイティブ産業はアジアでもトップレベルで、「デザイン力があって西洋的なだけでなく、ユーモアのセンスもあります。これらは長年の経験から来るものでしょう」と蕭青陽は言う。デザイン大国での出展が適度なプレッシャーになり、ユニークな観点が打ち出せた。

今回のバンコク国際ブックフェアのメインビジュアルは、本を読む人の姿を黒い輪郭で描いたものだ。一見、中学生のいたずら書きのように見えるが、「デザイン先進国において、これは即興のパロディと言え、あまり厳粛に考えないというヒントになりました」と言う。そこで彼は「Tai-Thai Reading」を略した「TTR」で笑顔を描き、相互の対話を生み出した。

民間芸術を愛する蕭青陽は、自分のコレクションを会場の道具として提供し、来場者と分かち合った。

伝統とエンターテインメント

タイのクリエイティブ産業を進化させているのは、その背景にある文化であり、文化は民間で長い時間をかけて蓄積されてきたものだ。テーマ国である台湾も、伝統の市井の暮らしに着目し、現代の娯楽にマッチする形で見せた。無料で入場できる巨大な市場のようなブックフェアにおいて、大衆をターゲットに会場にとけ込んでいた。

例えば、九天民俗技芸団が電子音楽にのせて台湾の廟の祭り陣頭を披露し、国立交響楽団は台湾民謡を演奏した。指標となる台湾エリアに展示された新刊の内容には、先住民族、食生活、山岳ガイドブックなどもあり、会場には台湾の庶民に親しみのある木製の円卓や小さな椅子、布袋戯の人形、台湾初の国産自転車「幸福号」などが配置され、タイの人々に台湾の暮らしを紹介した。

一方の「CCCバーチャルエリア」も人気を博した。『蘭人異聞録』『異人茶跡』『北城百画帖』『龍泉侠大戦迷霧人』など、台湾の文化や歴史を題材とした漫画は、大航海時代、清代、日本統治時代などを背景としており、これらを空中ディスプレイやAR、Google Tangoなどを活かして表現するエリアである。ASUSのスマホ、ZenFoneと組み合わせて、デジタルの世界を通して台湾を体験してもらった。

テーマ国エリアではデザイナーの蕭青陽がキュレーターを務めた。明るい配色と庶民の文化がタイの人々に台湾のイメージとして伝わった。

南洋での版権取引

会場での台湾とタイの交流は良好だったが、実は2016年までの8年間、台湾の出版社はタイのブックフェアに出展していなかった。今年は台湾が2007年以来、2度目のテーマ国に選ばれたため、数々のイベントを催したほか、出版社156社が多数の書籍をもって出展した。国際版権エリアでは版権取引のマッチングを行なう「版権推薦紹介会」を催したほか、「台湾タイ版権フォーラム」も開催し、文学、教育、児童書、電子書籍などのジャンルを代表する出版社がプレゼンテーションを行ない、双方の交流を促進した。

実際のところ、タイの読者にとって華語の作品は馴染みのないものではない。百年以上前から『三国志』や『西遊記』などがタイ語に翻訳され、後の金庸や古龍、黄易などの武侠小説も流行している。中国でもネット文学が盛んになり、文学作品が映画化されるなどして、中国の長編時代小説が読まれるようになった。

台北市出版商業同業組合の盧欽政理事長によると、かつて東南アジアの華文書は台湾のものが主流だったが、その市場がしだいに中国大陸に奪われてきたと言う。また、以前は版権取引も単一の出版社同士の交渉だったため成果は限られており、台湾からタイのブックフェアに出展することがなくなっていたのだという。

だが、タイの華語文学翻訳者である王道明は、台湾と大陸の作品の違いを次のように指摘する。台湾は中華文化の伝統を受け継いでいるため、作品は比較的保守的なのに対し、中国大陸は文化大革命の洗礼を受けたためか、むしろ大胆で破天荒な想像力を感じさせる。「台湾の作品の多くは、戦争や歴史ではなく、人や小さな物事を繊細に扱います。映画でも台湾ではハリウッド風ではなく文芸作品が多いのと同じです」

台湾タイ版権フォーラムにおいて、時報文化の趙政岷董事長は次のように話した。出版業の業績は縮小しつつあるが、台湾では今も出版が非常に盛んで、2017年には4万点を超える新刊が発売された。平均すると1日110点で、まさに分衆の時代と言える。光=U国際版権公司の徐彩٩_は、台湾の出版物は多様性という点で優れており、中国大陸の大型時代物シリーズとは異なる点に強みがあると語った。盧欽政は、東南アジアの経済レベルが高まるに連れ、教育関係や絵本、健康、実用書などの需要が高まっており、質の高い台湾の図書が強みを発揮できると考える。

CCCバーチャルエリアではASUSのスマホを用い、台湾のIT産業の実力を際立たせた。

文化外交で国のブランドイメージを

しかし、台湾と中国大陸は言語も同じであるため、タイの一般の読者や出版業界は、台湾に対して曖昧なイメージしか抱いていないのも事実である。今回設置した台湾テーマ館やCCCバーチャルエリア、文化芸術イベントなどは、いずれも台湾への理解を深めてもらうためのものだ。

翻訳の傍ら、出版社も設立した王道明は、翻訳家としてデビューしたのも台湾の作品で、十数年来台湾とは切っても切れない縁がある。彼の出版社では現在、侯文詠の三部小説『霊魂擁抱』『危険心霊』『白色巨塔』を出している。王道明は本の表紙にわざわざ台湾の地図を入れて台湾の作品であることを強調している。さらに台湾の文化部からの出版補助も得たため、ブックフェアのたびに、教育や医療関係者に無料で配布するなどして、タイの人々の台湾社会に対する認知度を高めている。

作家の対談でタイと出会う。

タイの旺盛な文化的エネルギーのおかげで、バンコク国際ブックフェアへの参加が台湾に大きな収穫をもたらした。

今回のブックフェアには、台湾の作家としてSakinu Yalonglong、紀大偉、何敬堯、張西、林立青、陳美燕、侯文詠、許育栄、邱承宗らが招かれた。先住民文学、同性愛文学、ファンタジー、オンライン小説、絵本、青少年文学など、さまざまなジャンルの作家が招かれ、単独の講座からタイの作家との対談まで行なわれた。こうして台湾文学の多様性が際立ち、交流の中で、さらに前進するエネルギーが生まれたのである。

バンコク国際ブックフェアはまるで大晦日のカウントダウンイベントのようににぎわい、多くの人が次々と本を買っていく。さらに、電子ブックリーダーのメーカーや、宅配業者のブースもあり、多くの作家は目を見張った。

しかし、作家の林立青の観察では、バンコクのブックフェアでは商品性が強調され、販売量は大きいが、台北のブックフェアのような文芸サロンや作家との対面の機会は少ない。こうした点で台湾とタイはさらに交流できるのではないかと林立青は指摘する。

また、何敬堯は、ブックフェアでは各国がそれぞれの魅力を競い合い、それぞれの特色を打ち出していて参考になったという。現在彼は妖怪をテーマに台湾文化の独自性を表現しているが、この方向は間違っていないことが確認できたという。会場でよく売れている絵本や児童書などを見て、妖怪をテーマに児童書や絵本も展開できることに気付いたそうである。

ネットで作品を発表してきた小説家の張西は、SNSを利用して見知らぬ人にインタビューし、そこで得た物語を小説の題材にしている。張西と対談したタイの作家Round Fingerは、張西の創作方法に刺激を受け、自分もさまざまな方法で感動的な物語を発掘したいと語った。

来場した読者はたくさんの収穫を得、出展した出版社はビジネスチャンスをつかみ、作家やデザイナーも異なる文化との出会いでそれぞれ何かをつかむことができた。11日にわたるバンコク国際ブックフェアは4月5日に幕を閉じたが、台湾にとっては南への新たな扉が開かれた。交流の物語が、いま始まろうとしている。

タイのベテラン翻訳者である王道明は、華語書籍を百冊以上翻訳しており、台湾と中国大陸の両方の出版市場にも精通している。

宗教と現代アートが融合して新たな美が生まれる。タイのデザイン力の高さを感じさせる。

タイの社会は豊かな包容力で知られている。ブックフェアでも世界各地の書籍やクリエイティブ商品が展示されていた。

タイの独特の文化がクリエイティブ産業を育んできた。その文化は、長年にわたって民間で蓄積されてきたものである。