新型コロナウイルスが発生した後、政治大学台湾文学研究所の陳芳明‧講座教授は、フェイスブックでこんな近況をシェアした。去年は自分が抱いていた孫娘が今ではよちよち歩きをするようになったが、国境が閉ざされてしまったため、カリフォルニアにいるこの孫娘ともビデオ通話でしか会えなくなった、と。
「新型コロナの影響がいつまで続くのかは分かりませんね」と言うが、決して暇にしているわけではない。今年は政治大学での最後の年となり、教授として受け持つ最後の科目は「台湾文学史」である。9月中旬には、政治大学中正図書館に、Pegatron(和碩科技)の童子賢‧董事長が出資した「陳芳明書房」が開設され、陳芳明はここに生涯にわたる3万冊近い蔵書を寄贈した。「占有しないことで真に持つことができるようになります」と陳芳明は言う。
歴史を研究してきた陳芳明は、台湾の日本統治時代の公衆衛生に関しても非常に詳しい。台湾はもともと疫病の多い土地で、そこへ日本当局が衛生観念を持ち込んで台湾の公衆衛生の基礎を築いた。もちろん日本当局の目的は島民の福祉ではなく、権力者の利益のためだったのだが、台湾にとっては利益となることだった。かつて台湾新文化運動を推進した頼和や蒋渭水らも医師で、彼らは当時から防疫の観念を持っていた。
さらに今回の新型コロナウイルス流行を歴史の観点から見てこう語る。「2003年のSARSで台湾は大きな犠牲を払いましたが、我々はその教訓を忘れませんでした。台湾は市民社会です。市民社会を簡単に言うと、私は生きたい、他の人も生きたい、つまり共存、共感の概念です。台湾ではこの十数年の間に民法改正や男女平等、同性の婚姻などが推進されてきましたが、これらはいずれも市民社会の具現化です」。先ごろ、蔡英文総統が米「タイム」誌によって2020年の「最も影響力のある100人」に選ばれたが、このことについて陳芳明は「アップル‧デイリー」紙に次のような文章を寄せた。「世界の眼が台湾に向けられるのは、我々が健全な政治‧社会環境を有しているからであり、蔡英文一人の指導力ではなく、全市民が互いにリーダーシップを発揮しているからである。蔡英文総統が注目されるのは、私たちの市民生活が注目されているからなのである」
台湾の市民社会はすでに成熟している。政府の政策から全国民による自主的な感染対策まで、すべてが機能して感染拡大を抑え込むことに成功した。これこそ、台湾人が誇るべき点なのである。