退職後も創作に励む
孫さんの腕は天分だと思う人が多いが「私は天分があるとは思いません。ただ、興味はありました。他のことで勝てるものはないけれど、好きなことを見つけたので、専念してきたのです」
新北市永和にある孫さんの工房に足を踏み入れると、小さなスペースが作業スペースと展示エリアに分けられている。作品に加え、彫刻刀、顕微鏡、平面彫刻機、プレス機といった工具や機器があるだけで、質素な室内である。アーティストの一心不乱な謹厳さと集中力が窺える。
今は退職した身であっても、孫さんの毎日は規則正しく充実している。毎日4時間の創作時間は、勤務のようである。異なる素材や技法の研鑽にも努め、自分の極限に挑む。長年努力を積み重ねなければならないが「新しい作品が完成した時の嬉しさは格別です」80歳に手が届く孫さんだが、創作の話になると目が輝く。
2012年、アクリルを素材にした「透明アクリル立体彫刻画」を作り上げた。透明なアクリルは表も裏も彫刻できること、またアクリルには厚みがあることを生かして、立体効果を生み出した。バックの漆黒が、美しさを際立てる。
依頼されて林志玲の肖像も作品にした。4×3cmの小さな画面に、1平方mmに画線13本を彫り込むことに挑戦した。その精巧な作品には、髪の軽いしなやかさが描き出されている。この緻密な作品には一年の時間がかけられた。
小さなスペースの中の宇宙に遊ぶ孫文雄さんは「毫芒微書」にもチャレンジする。「筆はほとんど動かせず、指も動かせません」髪の毛に書いた岳飛の「満江紅」は1平方mmに7~8文字、ゴマ粒に書いた李清照の「武陵春」では1平方mmに10文字書いて、ギネス記録を塗り替えた。その整った文字には驚嘆を禁じ得ない。
科学技術は日々進歩し、今では紙幣の製版は、純手作業から一部コンピュータ製版に代わりつつある。だが人間の創造力と手の巧みな筆致には、取って代わられない価値がある。役所勤めの身分から離れた孫文雄さんは、近年頻繁に個展や講座を開催したり、創作技巧を余すところなく若手に伝授したりしている。これまでベールに包まれていた芸術が、人々に理解され、民間に伝承されていくことを願っている。
リタイア後も創作に励む孫文雄は、透明アクリル立体彫刻画を発明した。透明な材質を黒い背景に載せることで、鮮やかな色彩が浮かび上がる。
素材とインクの違いによって、作品はそれぞれ異なる表情を見せる。(孫文雄提供)
素材とインクの違いによって、作品はそれぞれ異なる表情を見せる。
現役時代の職業に深い思い入れを持つ孫文雄は、かつて職場にあった「彫刻股(彫刻係)」のプレートをアトリエに掲げている。