同郷のよしみ
8年前から警察でベトナム語の通訳をし始めた彼女は、2014年にフェイスブックを通して資金を集め、職場から逃げ出さざるをえなかった労働者に旅費を提供し、これまでに1000人近くの人を助けてきた。これほど親身になるのは、彼女自身、かつて職場を逃げ出した労働者だったからだ。
2001年に初めて台湾に働きに来た彼女は、まず彰化県で、あるお爺さんの介護の仕事に就いた。その人が亡くなると、今度は台中でお婆さんの介護を担当した
仕事の内容は「お婆さんの家の掃除」というものだったが、70代のこのお婆さんは朝の5時から7時と夜の10時から12時に2時間ずつマッサージをするよう求め、さらに毎日5人の子供たちの家に行って掃除と洗濯をするように命じたのである。こうして一週間で4キロも痩せてしまったと話す彼女の目には涙が光る。
食事も家族の残り物しか与えられなかったが、お婆さんの長男の嫁が同情して毎日こっそり目玉焼きを作ってくれた。こうした経験があるからこそ、彼女のハーフウェイハウスでは、十分すぎるほどの食事を提供している。
「この長男のお嫁さんは優しい人でした。お婆さんの世話をしに来る外国人労働者は今まで一週間も持たなかったから早く逃げた方がいいと言い、3000元あまりのお金をくれて、タクシーに乗せてくれたんです」と言う。逃げ出した彼女は桃園竹囲のレストランで働いていた時に、台湾人の徐海松と出会い、10ヶ月後に二人はベトナムで結婚式を挙げたのである。
その後、陳氏花は台湾の工場で何年か働いた後に雑貨店を開き、今では南坎と大園に3店舗を経営している。だが、この3店の利益だけではハーフウェイハウスの支出はまかなえず、夫と子供の支えに感謝しているという。
陳氏花は1階と2階を借り、職場から逃げてきた労働者に住まいを提供している。