世界を魅了する創作エネルギー

蔡博丞と丞舞製作団体
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2018 / 5月

文・陳亮君 写真・丞舞製作團隊提供 翻訳・山口 雪菜


蔡博丞の作品は、2014年に『浮花』がハノーファー国際振付コンペティションでゴーティエ・ダンス・シュトゥットガルト・シアター・プロダクション賞と観客賞を同時受賞、続く2015年には『Hugin/Munin』がブルゴス&ニューヨーク国際振付コンペティションの優勝と「コペンハーゲン国際振付コンペティション」の金賞受賞、2017年には『INNERMOST』がスイスのベルン「タンツプラットフォーム」で優勝に輝いた。東西のダンス・ボキャブラリーを融合させた彼の創作は、多くの人の心をつかんでいる。


穏やかに話す蔡博丞の、いったいどこに創作エネルギーが秘められているのか、彼の人生をたどってみよう。

叩き込まれた規律

利発な子だったが、蔡自身は「学校の勉強には興味がなかった」と言う。活発に動き回るので、小学5年の頃、母親がダンスを習わせてみた。当時ダンスを習う男子は少なく、父親は少し戸惑ったが、母親は、踊っている彼の目が輝くことに気づいた。

中学に入ると、リズム感の良さに気付いたダンス部の教師に促されて入部、数々の大会に参加した。「中学のダンス部では、ポップス、ストリートダンス、伝統舞踊、獅子舞までやりました」だが本格的にダンスを学んだのは、左営高校の舞踊コース入学後だった。

「舞踊コースは制服に革靴と白ソックス着用、髪型も女子は後ろで縛る、男子は短髪と厳しく決められていました」服装だけでなく、男女の肢体接触における正しい態度、そして時間管理を厳しく教えられた。「年間スケジュール帳を持たされ、毎月の予定を書き込むよう教えられました」高校3年間で身につけた最良の習慣だったと蔡は振り返る。その後のキャリアでこうした規律が役に立った。

朝7時半から夜10時まで、午前は一般科目の授業、午後は実技の練習、最後に全体で踊りを合わせ、その後は自習室で勉強となる。公演前にはリハーサルがあり、最後に反省会が行われて10時頃やっと終了。その後も先生から「さあ、衣装を洗って干して、それから床掃除ですよ」と声がかかる。子供を迎えに来た親はずっと外で待っているのだが、文句が出ることはなく、むしろ先生にお礼を言っていた。

海外留学

高3になると卒業創作展があった。審査員が招かれて優秀作品が選ばれ、賞金も贈られる。蔡博丞は、一人一人の個性を出した『自画像』というダンスを創作し、高い評価を受けた。それに、踊り手と振付の役割転換を体験したことも得難い経験となった。卒業時には先生に特別に事務室に呼ばれ、「振付の才能があるからその道に進むべきだ」と励まされた。

その後、蔡博丞は台北芸術大学舞踊学科に入学、大学2年の時に高雄の「城市芭蕾舞団(the Kaohsiung City Ballet)の招きを受け、「点子鞋Dance Shoe」というダンスプログラムの振付を任された。また在学中、学校外でもダンスを教えたり振付したりして、週に15時間教えることもあった。「何でも教えられたのは、幼い頃にジャズやポップス、伝統舞踊と、あらゆるダンスをやっていたからです」そんな彼の創作をさらに高めたのは、大学3年での交換留学だった。

台北芸大は文化部(文化省)との協力で優秀な学生を交換留学させており、蔡博丞はニューヨーク州立大学パーチェス校に留学した。「あちらでは実技科目だけ受ければよかったので空き時間が多く、友達とブロードウェイのミュージカルやジャズダンスを見まくって、外でも勉強していたようなものです」ブロードウェイ・ダンスセンターでバレエやジャズダンス、ストリートダンスにふれたほか、演劇鑑賞や美術館・博物館見学もして回った。これらはすべて、後の創作のための貴重な「肥やし」となったのである。

ニューヨークでの経験によって、芸術をやるには自分に境界を作るべきではないことを彼は学んだ。「オープンマインドで何でも受け入れるべきです。好きでなくても、見れば何か得るものがあるかもしれません」と言う蔡にとって、日々の生活の様々な経験は大切だ。なぜこの音楽を聞くのか、なぜこれらの映画や雑誌が好きなのか、生活の中でのそうした多くの出会いが刺激となり、創作のエネルギーとなる。

台湾の創作を国際舞台に

「私の第1作『浮花』は、二人の踊り手によるものです。台湾の灯籠流しのイメージのダンスにしましたが、衣装や音楽は西洋的なものを使いました」と蔡は言う。『浮花』の衣装は、実はウエディングドレスの下に着るペチコートだった。そしてカナダの作曲家による音楽を使い、東洋の文化を描きながら西洋の衣装や音楽を用いることで両者の距離を縮めた。

もう一つの作品『Hugin/Munin』には、北欧神話の戦神オーディンが飼いならしたという2羽のカラスを登場させた。そのカラスは人々の話を盗み聞きし、オーディンが人を裁く際に「こいつは実は…」と告げ口する。踊りには東洋の武術も取り入れた。「北欧神話が主軸ですが、黄飛鴻とブルース・リーの対決のようになりました」蔡によれば、日本の映画『悪の教典』からインスピレーションを得て、暴力の美学や反社会的な人格を描いたという。これもまた、西洋のモチーフに、東洋的な解釈を施したものとなり、海外で興味深く受け入れられた。

この『Hugin/Munin』でコペンハーゲンのコンペティションに参加した際、観客から「我々北欧の神話を、北欧ではなくアジアの振付家によって見せられるなんて」という感想が出たという。台湾で国際化が叫ばれる昨今だが、蔡のダンスはとっくに東西文化の交流と共鳴を実現していたのである。

『INNERMOST』では、西洋の「カオス」と東洋の「無」の概念を結びつけた。用いた赤い棒は時計の針のように時間軸を表すが、時間軸上でゼロを見つけるのは難しい。時は常に流れているからだ。そこで蔡は二人の踊り手で一人を表し、自己と時間・空間の関係を描き出した。時空と自己が一つになった時、「無」がそこに生まれ、心の静けさを見出す。この作品は、デンマークの『ポリティゲン』紙で取り上げられ、「二人のダンサーと赤い棒の対決には目を見張るものがあり、満場の喝采を浴びた」と称賛された。

一人一人へのまなざし

丞舞製作団隊B.DANCEのダンサーである張堅志は、蔡博丞とは高校から大学までずっと同級生だったが、深く関わり合ったのは2014年の『浮花』からだった。丞舞のマネージャである許慈茵は「博丞が徐々に堅志の別の一面を引き出したと同時に、堅志も振付に多くの還元作用を及ぼしました」と言う。

やはり団員である張瑀は、昔から自分をさらけ出すのが苦手だった。ある日の練習で蔡博丞が急に「じゃ、電気を消してみよう」と言った。張瑀の内面を導き出すためで、結果、彼女は泣き出してしまった。「なぜだかわかりません。でも、気持ちを発散させた後は踊りに思いをぶつけることができました」これは学校では教わることのなかったもので、細やかな観察力を持った人間だけが導き出せるものだった。この体験は彼女のダンスを大きく飛躍させた。

まして蔡博丞は踊りに文句をつけたりしないし、そのような眼差しすら浮かべることもなく、いつも「いいよ。とてもいいと思うよ」と言うだけだ。同じく丞舞のダンサー、黄依涵はこう言う。「どの作品もソロで踊る場面があって、私はスローなテンポでは静かで神秘的な感じですが、速くなってくると自分の不安定で衝動的な個性が出せます。博丞はいつもダンサーに、何かを試みたり打ち破ったりする機会を与えてくれるので、とても気持ちがいいのです」

彼はいつも綿密に準備していると張堅志は言う。「3時間の予定だと聞いていた練習が、たいてい1時間半で終わります」張がこれまで出会った振付家は5~6時間かけるのが普通なのに、蔡はいつも短時間で難しい作品を完成させる。これは、練習方法の確かな把握と、ダンサー一人一人への観察力がないとできないことだ。

また、丞舞の巡回公演も、ダンサーへの細かい心遣いが感じられる。張堅志によれば、ほかの劇団の公演では、ベッドやシャワーなどの設備が悪くて悩まされることがあるが、丞舞は食事も宿泊もダンサーのことをよく考えてくれているという。ダンサーにはダンスに専念してほしいという蔡博丞の願いから最も良い環境を提供するのであり、こうした細部の一つ一つは団員同士の信頼や尊重の中で育まれてきた。

国際的ダンサーを台湾に

世界でさまざまな振付家と知り合う蔡博丞は、彼らを台湾に招いている。今までフランス、イタリア、イスラエル、アルゼンチン、スペインから一流のダンサーや振付家にレッスンに来てもらい、彼らの活躍ぶりや創作のレベル、世界の動向などを、台湾の学生に見せてきた。

今年、丞舞製作団隊は新たに「B.PLAN国際共製計画」という3年間のプロジェクトを開始した。国際的振付家を毎年招き、丞舞のために30~40分の作品を作ってもらって蔡博丞の作品とともに上演する。1年目のアーティストはスペイン「LA VERONAL」の芸術監督マルコス・モラウだ。互いの舞踊団から適したダンサーを選び、蔡博丞の作品を演じるとともに、モラウのスタイルを取り入れる。二人のミレニアル世代の振付家のコラボは大きな挑戦であるが、ダンスファンにとっては願ってもない機会となろう。

 

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讓世界驚豔的創作能量

丞舞製作團隊──蔡博丞

文‧陳亮君 圖‧丞舞製作團隊

蔡博丞2014年以《浮花》勇奪德國漢諾威國際編舞大賽之「德國高堤耶舞團斯圖加特劇院製作獎」與「觀眾票選獎」,成為唯一囊括兩項大獎之得獎者;2015年另以《Hugin/Munin》奪下「紐約暨布爾戈斯國際編舞大賽首獎」及「丹麥哥本哈根國際編舞大賽金獎」;2017年則以《INNERMOST》拿下「瑞士伯恩舞蹈平台首獎」。蔡博丞以極限的肢體美學,融合東西方的舞蹈語彙,細膩且蘊涵深遠,也征服了許許多多人的心。

 


 

一個私底下單純、不多話的大男孩,展現出令世界驚豔的創作能量,讓我們跟著蔡博丞的腳步,一步步踏入舞蹈創作的世界。

潛移默化的累積

「從小就是書在看我,不是我在看書。」小時候的蔡博丞聰明機靈,但就是對學校課業不感興趣。蔡媽媽為了讓好動的他發揮精力,在他小學5、6年級時送他去舞蹈班,蔡爸爸一開始覺得奇怪,因為當時沒什麼男生在跳舞,尤其是在南部,可是蔡媽媽卻發現,跳舞時的蔡博丞,眼神是開心且發亮的。

上了國中,舞蹈社的老師看他肢體的律動感非常好,就問他要不要來試試,「當時國中舞蹈社有跳流行舞、民俗舞、街舞,還有舞龍舞獅。」因為學校社團常出去比賽,讓他有機會請公假,為校爭光。要說蔡博丞一路走來的舞蹈之路,家人算是引他入這行的敲門磚,而真正讓他有系統地學習舞蹈,要從進入左營高中舞蹈班開始。

「我們進舞蹈班的第一天,全部的人就是制服、白襪、皮鞋,女生去學校只能綁馬尾、黑色髮帶,男生頭髮一定要剪很短。」蔡博丞回憶起左營高中舞蹈班的歲月,服裝儀容是最基本的要求,也教導男女學生肢體接觸的正確觀念,以及對於時間的掌控,「我們高中開學時一定要坐在一個自修教室,老師會規定每個人都要拿一本年曆筆記本,把每個月的待辦事項記錄下來。」蔡博丞提到高中三年養成一個非常好的習慣,就是對於時間上的控制,因為在一場演出的背後,是許多的紀律與訓練所累積的成果。

從早上7點半到晚上10點,上午是學科的學習,下午則有術科的練習,接著還要排舞,到自修教室讀書等,有時還要彩排,彩排後一支舞一支舞的講解,差不多也要10點多才會結束,老師再提醒:「來,去把剛剛所有表演的衣服洗完、晾起來,地掃完了才能回家。」這時很多家長都在外面接孩子下課,蔡博丞提到在當時不會有任何的爸爸媽媽有怨言,反而還會跟老師說:「謝謝老師,老師辛苦了!」而這些舞蹈班所學到的觀念與紀律,在無形中已融入到他的生活當中。

海外留學經驗

高三時有個畢業創作展,學校老師會邀請一些評審,選出優秀的作品並頒發獎金。蔡博丞當時編了一支舞叫《自畫像》,這是一個群舞的作品,反映出每個人自我的個性,這作品不但獲得評審的青睞,也讓他提早體驗「編舞者」跟「舞者」之間的角色轉換,對他來說這是個很難得的學習經驗。高中要畢業時,學校老師還特地叫他進辦公室,鼓勵他說:「你非常有編舞的天分,你要繼續做這件事情。」

後來蔡博丞進入臺北藝術大學舞蹈學系就讀,大二那一年在高雄有一個「城市芭蕾舞團」,邀請他去幫一個叫「點子鞋」的芭蕾創作平台編舞,「我覺得我那時在累積一些能量,現在回去看或許不是那麼的純熟,但也因為那時放得夠多,所以我現在創作時就會知道,什麼東西該收。」

蔡博丞在北藝大求學的期間,還兼任校外的教學與編舞,曾經最多一個星期可以排到15堂在外的教學課程,「我那時什麼課都接,這要歸功於我從小在舞蹈社團接觸到了爵士、流行舞、民俗舞等各式各樣的舞蹈。」而這些從小累積在身體裡的資糧,逐漸轉化成各種教學與創作的能量。而促使他的創作更進一步發揮的,則要屬在大三上學期那年學校的交換學生計畫。

當時北藝大與文化部合作,讓校內優秀學生有機會能至國外學校交流,蔡博丞就在那時去了紐約州立大學帕切斯分校(Purchase College)當交換學生,「因為我們去那邊只要上術科,剩下的時間很多,而我跟另一好友很瘋跳舞,像百老匯的劇啊、爵士舞啊,所以每天都衝去外面上課。」在學校以外的時間,蔡博丞就去紐約的百老匯舞蹈中心,在那接觸到街舞、芭蕾、現代舞、爵士舞……等,也在國外看了很多表演、美術館、博物館,這些東西都成為了他日後創作的寶貴經驗與養分。

在紐約的經驗,開拓了他的心胸,讓他體認到做藝術不能畫地自限,「你必須要open mind,必須要接收很多,即便你不喜歡,也可以觀賞,在不喜歡的東西當中或許也有東西是值得你去借鏡的。」對於蔡博丞來說,一個藝術家對於生活的感受是很重要的,為什麼要聽這個音樂?為什麼喜歡看這些雜誌、電影?在生活中的每一次邂逅都帶給他不同的感受與刺激,當別人還在為不知該如何自處而煩惱時,他早已轉化成下一次演出的創作能量。

台灣創作揚威國際

「我第一個作品是《浮花》,是雙人舞,那時我用了台灣民間信仰中流放水燈的意象,但是在身體的實質面跟音樂的選用上則用非常西方的方式。」蔡博丞說。《浮花》裡的服裝其實是婚紗裙裡面的襯裙,音樂則是一位加拿大作曲家所編的曲,也就是用東方的概念,以西方的詮釋方式來完成,如此也拉近了與歐洲觀眾的距離,讓東方文化不再那麼遙不可及。

另一個作品《Hugin/Munin》,裡面有兩隻烏鴉,是戰神奧丁的寵物,一隻代表記憶,另一隻代表思維。牠們會出去竊聽很多人的事情,等到戰神奧丁要開會處決這個人的時候,這兩隻烏鴉會跟他打小報告說:他這個人其實怎麼樣、他不是好人,再結合一些東方武術對打的成分進去,「我用北歐神話為主軸,但是我把北歐神話變成黃飛鴻跟李小龍對打。」蔡博丞提到這靈感來自一部日本電影《惡之教典》,是講暴力美學與反社會人格的劇情。也就是用西方的意象概念,但用東方的詮釋方式來完成,讓外國人看起來會覺得很有趣。

蔡博丞提到當時用這支舞《Hugin/Munin》去丹麥比賽,有一個觀眾提問:「為什麼我們北歐的神話故事,居然是由一個亞洲的編舞家來編給我看,而不是我們自己北歐的編舞家去找到這個概念?」這個問題很有趣,當台灣正在提倡要有國際觀的同時,蔡博丞透過編舞,已悄悄牽起東西方文化的共鳴與交流。

此外,蔡博丞的另一舞作《INNERMOST》,則用了西方「混沌宇宙」跟東方「本無」概念的結合。紅色棍子代表時間軸,就像是時針跟秒針的概念,但在時間軸裡要找到零是很難的,因為時間會一直流動,所以蔡博丞又去找了兩個人,他們倆個其實是代表同一個人,於是就形成時間、空間與自己的關係,當時空跟你自己合而為一的時候,那個「無」就存在在那裡了,也就是找到了內心的平靜,後來這部作品被丹麥《政治家報》評為:「兩位舞者與紅色棍棒之間的對決,作品好得令人驚訝,獲得滿堂喝采!」

關照團員各個面向

丞舞舞者張堅志與蔡博丞是從高中到大學的同班同學,不過真正有較密切的合作,是在2014年《浮花》的合作演出。丞舞經理許慈茵說:「我覺得很妙的是,堅志跟博丞一起工作以後,博丞慢慢地引出了堅志另外一面的個性,反過來堅志也丟了很多回饋在他們的編舞過程當中。」兩人合作的默契也就是建立在彼此的信任之上。

另一位團員張瑀,從小還蠻隱藏自己的個性,也不太會表現出自我深層的樣子,有一次彩排時,蔡博丞對著她說:「好,我們關燈。」其實就是試圖要引導出張瑀內心深層的一面,那次她整個崩潰大哭,「我不知道為什麼,但當我的情緒發洩出來後,就更能把情感發揮在舞蹈上了。」張瑀述說著那次的深刻體驗,是她舞蹈生涯中的大突破,而這也是以往學校舞蹈班教育無法給她的東西,因為這必須要有一個觀察敏銳且細心的人帶領才行。

而且,蔡博丞從來不會給她一個質疑的眼神或是句子,就是說:「很好,我覺得很好。」這就是信任的一種展現。丞舞舞者黃依涵補充說:「我們每一個作品裡面都會有一些solo的片段,在跳慢板的時候,我是比較平靜帶有點神秘的感覺,然後到快板時就可以讓我把那不安定又很衝的個性表達出來,所以我覺得博丞給了舞者很多的空間去嘗試與突破,合作起來也很舒服。」

說起實際的排舞過程,張堅志提到蔡博丞總是自己先準備好,才號召大家來排練,「我們舞者到排練場之後,原本call排講好是3個小時,但通常1.5個小時就排練結束。」在張堅志舞者生涯所遇到的編舞者,事實上每次的排練都需要5、6個小時,但是蔡博丞總是能用最精簡的時間,完成高難度的舞作,這需要有高度的編排掌握度,以及對每位舞者細膩的觀察能力才辦得到。

此外,丞舞製作團隊只要到外面巡演,對於舞者的照顧是團員們所感受於心的,張堅志說:「我之前跟別的劇團去演出時,有住過很陽春的,床很不舒服,然後熱水還是那種要按著才有水,所以要一邊靠著才能洗熱水澡。」可是在丞舞,只要出去巡演,不論吃的、住的,舞團都會安排妥當,因為蔡博丞希望讓來到丞舞的舞者都能專心跳舞,所以要提供他們最好的支援與後盾,而團員間彼此的尊重與信任,也就在這些小細節中慢慢地被建立起來。

將國際舞者引進台灣

蔡博丞在世界各地巡演的過程中,會發現許多不同世代的編舞家,也會邀請他們來台分享彼此的經驗,目前已邀請來自法國、義大利、以色列、阿根廷、西班牙……等國家的一流舞者與編舞者來台授課,讓台灣的學子知道目前世界上的趨勢在哪裡,這些知名舞者在做什麼,他們的體態長什麼樣子,以及在藝術創作的高度在哪裡,之後出社會才不會跟世界脫節或有所落差。

此外,丞舞製作團隊預計在今年會開啟一項全新的系列計畫「B.PLAN國際共製計畫」,共計3年,每年依序邀請一位在國際知名且具份量的編舞家,來台替丞舞的舞者創作新作品,作品長度約30~40分鐘,並與蔡博丞的作品併台演出。首位邀請的特約藝術家是來自西班牙LA VERONAL的舞團總監Marcos Morau,蔡博丞與Marcos也會一起從彼此的舞團中挑選出最合適的舞者,在舞台上呈現蔡博丞的作品,並且演繹Marcos獨特的舞蹈風格。透過兩位同樣來自千禧世代編舞家的眼睛,讓我們看見兩國的創意火花與結合,除了是非常大的挑戰外,也讓舞迷萬般期待。

Tsai Po-cheng

Millennial Master of Choreography

Ivan Chen /photos courtesy of B. Dance /tr. by Jonathan Barnard

In 2014, when Tsai Po-cheng’s Floating Flowers won the Audience Award and the Gauthier Dance/Stuttgart Theater Production Award at the International Competition for Choreographers Han­over, he became the only dancer to have come away with both big prizes at the event. In 2015 Tsai’s newly created work Hugin/Munin won the Burgos & New York International Choreo­graphy Competition and the Tanz Luzerner Theater Production Award at the Copenhagen International Choreo­graphy Competition. Then in 2017 Innermost won a Berner Tanz­preis choreography award at the Tanzplatform Bern festival. Tsai’s choreography pushes the aesthetic envelope by mixing in dance vocabulary from both Eastern and Western dance traditions. Delicate and profound, it has earned kudos far and wide.

 


 

This soft-spoken young man has demonstrated a creative capacity that has amazed the world. Let’s follow in his footsteps to enter the world of dance creation.

Portrait of the dancer as a young man

Tsai was a clever child, but he wasn’t interested in schoolwork. He was constantly moving, so when he was in fifth or sixth grade his mother enrolled him in a dance class to help him burn off energy. She discovered that when he was dancing, he was happy and his eyes brightened.

In junior high school, the faculty advisor to the dance team saw that Tsai had an excellent sense of rhythm and invited him to join. “The junior-high dance team performed popular dancing, folk dancing, street dancing and lion dancing.” Because the team often went out to compete, it gave Tsai an excuse to be away from school while still competing in its name. It’s fair to say that Tsai’s family first pushed him down the path toward becoming a dancer, but his first systematic study of the art occurred in the Dance Division at Tso­ying Senior High School in Kao­hsiung.

Tsai recalls that in the dance program at Tsoying, there were basic demands made about grooming and clothes, and boys and girls were taught a proper conception of physical contact. They also learned how to make best use of their time. They were at school from 7:30 a.m. to 10 p.m. Mornings were reserved for their academic classes, and the afternoons were for training in the arts, followed by dance team training, study hall and so forth. Sometimes they’d stay late for dress rehearsals. After the step-by-step explanations of the choreo­graphy, it would be ten or so before they called it a day. The values and discipline instilled have seeped into the very way he has lived his life ever since.

Studying overseas

For the graduation show in his senior year of high school, Tsai choreo­graphed a dance he called Self Portraits. It was a group dance that reflected each dancer’s individual personality. The work not only found favor with the judges, but also gave him early experience with the different roles of choreo­grapher and dancer, as well as the interchange between them. It was a valuable experience.

Tsai then entered the dance program at Tai­pei National University of the Arts. In his sophomore year, the Kao­hsiung City Ballet invited him to help choreo­graph a dance for its annual “Dance Shoes” program. “Looking back at it, it may not have been the most mature work, but it’s only because I put things out there back then that I know today what will work.”

TNUA and the Ministry of Culture were providing funding for outstanding students to go on exchanges at educational institutions overseas, and Tsai took advantage of the opportunity to study at the State University of New York at Purchase. In his spare time at Purchase, Tsai would visit the Broadway Dance Center in New York City, where he gained deeper exposure to street dancing, ballet, modern dance, jazz dance and so forth. While he was overseas, he also attended many arts performances and visited many museums. Those rich experiences nourished his creativity.

His time in New York opened his mind, awakening him to the importance of not “painting by the numbers” when creating art. And the chance encounters he had in everyday life also offered lessons and stimulation of a different kind. When others were still worrying about what directions they wanted to take in their lives, he was focusing his creative energies on his next performance.

Raising Taiwan’s creative profile

“My first work, for two dancers, was Floating Flowers,” notes Tsai. “I drew from the symbolic meaning given to floating lanterns in Taiwan folk beliefs and matched them with choreography and musical accompaniment that were very Western in style.” For costumes he used petticoats from Western-style wedding dresses, and he chose music by a Canadian composer. The work therefore took Eastern ideas and explained them using Western methods. It pulled European audiences closer, allowing Eastern culture not to seem quite so distant.

Another work of his, Hugin/Munin, features two ravens that are pets of Odin, the God of War. One symbolizes memory and the other thinking. They fly out to eavesdrop, discovering much about the population. When Odin meets with people or prepares to inflict punishment, the ravens report to him about the people concerned. For this dance, Tsai integrated some choreo­graphy inspired by Eastern martial arts. Thus the work is Western in conception and inspiration, but it uses Eastern methods of choreographic explication. Foreign audiences find it quite captivating.

What’s more, Tsai’s Innermost again blends East and West by drawing from the idea of “chaos­mos” (James Joyce’s portmanteau of “chaos” and “cosmos”) and the Buddhist concept of “void.” The red stick in it represents the axis of time and suggests the hour, minute or second hands on a clock. But because time continuously flows, it is difficult to find zero on its axis. So Tsai also employs two dancers, who in fact are different facets of the same person—representing the deep connections made when time and space completely merge with the self, such that the “void” comes into being and one can find true inner peace. The Danish newspaper Politiken praised it thus: “The evening’s most surprising feature, which scored the biggest applause, [was] a duel between two men and a red stick, created by Taiwanese Po-­Cheng Tsai.”

Concern for each member of his ensemble

Chang ­Chien-chih, a dancer in Tsai’s B.Dance company, was a classmate of Tsai’s in high school and college. But they didn’t start collaborating closely until 2014’s Floating Flowers. B.Dance’s manager Hsu Tzu-yin says, “I feel it’s marvelous that after ­Chien-chih and Po-­cheng started to work together, Po-­cheng gradually drew out another side of ­Chien-chih’s personality. In return, ­Chien-chih gives him a lot of feedback during the process of creating and refining the choreography.” 

Dancer ­Chang Yu, another B.Dance member, hid much of her personality as a child, unwilling to expose her inner self. Once, during a dress rehearsal, Tsai wanted to uncover deeper levels of her psyche, so he said, “OK, let’s turn off the lights.” She collapsed in tears: “I don’t know why, but after my feelings were exposed I became better able to bring my emotions to dance.” ­Chang describes the epiphany she had then as being one of the major turning points in her career as a dancer. And it was something that dance programs in educational institutions couldn’t give her, because the breakthrough required someone with acute sensitivity and observational powers to help her achieve it.

“Each of our works has some solos,” notes B.Dance dancer ­Huang I-han. “During the adagio combinations, I’m more relaxed, conveying a sense of mystery, and then during the allegro segments I can let out the more edgy and impetuous side of me. I feel that Po-­cheng gives dancers a lot of space to try things and make personal breakthroughs. It’s a comfortable collaboration.”

Describing the rehearsal process, ­Chang ­Chien-chih notes that Tsai always prepares himself well before calling everyone in to practice. “After we dancers arrive at the practice space, the rehearsal that was originally scheduled for three hours usually can be handled in an hour and a half.” Tsai is always able to make the most efficient use of his time when preparing to perform dances with high degrees of difficulty—a skill that requires both a mastery of the choreography and an excellent ability to observe each dancer closely.

And when B.Dance goes on tour, the company provides for the dancers’ accommodation and meals better than most, because Tsai wants dancers to focus on dancing. The company thus aims to offer all the behind-the-scenes support it can. Trust and mutual respect among company members is slowly built from these small details.

Inviting international dancers

When Tsai tours abroad, he discovers choreo­graph­ers of different genera­tions and invites them to ­Taiwan to share their experiences. So far, he has extended invitations to top dancers and choreo­graph­ers from France, Italy, Israel, Argentina and Spain. Their visits allow students of dance in Taiwan to understand international dance trends and the highest levels of the art. In that way, when they found companies of their own, they won’t fall short of international standards.

Additionally, B.Dance plans to launch the internationally oriented B.Plan Collaboration this year. For the inaugural program Marcos Morau, founder and artistic director of the Spanish dance company La Veronal, has been invited to Taiwan. Morau and Tsai will pick the most suitable dancers from the two com­pan­ies to perform works by Tsai in the unique style of Morau. Both are millennials, and their collaboration will allow audiences here to see a blending of youthful creativity from two different nations. It’s a daunting challenge, and one that dance afi­cion­ados are eagerly awaiting.

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