故宮南院が嘉義に開館すると同時に台北の北院で「天国の宝物—バチカン文物特別展」が開催され、東と西の出会いが南北で相呼応している。

2015年11月5日に故宮博物院の馮明珠院長がバチカンと文物展示の契約を締結し、特別展の準備が始まった。それからわずか3か月後に、一回の展示としては最大規模の宝物が台湾にやってきた。その貴重さと特殊性から言って、バチカンを直接訪れたとしてもこれほどの宝物を一度に見ることは難しいといえる。

2000年余りの歴史を有するカトリック教会では独特の繊細な祭儀様式を発展させてきて、儀式に用いる祭服や聖器は華麗な芸術品であるとともに神聖な宗教的意義が込められている。

数百年来、これらの祭服、聖器は教皇庁の聖器室に所蔵され、歴代教皇が重要な祭儀に用いるだけで、これほどの規模で対外的に展示されることはなかった。

3〜5世紀のエデッサの聖像（マンディリオン）。キリストの肖像が写ったものと言われている。

文化交流促進のための特別展

馮明珠院長によると、今回の展示計画は2014年9月に、システィーナ礼拝堂合唱団が初めて台湾を訪れたことから始まる。

教皇専属のシスティーナ礼拝堂合唱団は、天国に最も近い歌声として世界に知られ、ローマ教皇のミサの時にだけ歌うものとされている。それが台湾を訪問したというのも、台湾が教皇庁の慈善及び人道支援活動においてパートナーとしての関係を構築してきたからである。

台湾でのスケジュールを順調にこなす中、付き添いのパオロ･ベネディック神父は台湾の人々の歓待に心動かされた。教皇庁の聖器物室の管理者である神父は台湾に好印象を抱き、今後の文化交流促進を希望した。そこで教皇庁のイヴァン･サントス中華民国駐在二等書記官と馮院長が、歴代教皇が使用したバチカン所蔵品の台湾での展示について協議を開始した。

「教皇庁側は最初から故宮での展示を希望していて、これは素晴らしい機会だと思いました。サン･ピエトロ大聖堂の聖器物室は、教皇庁の職員でも勝手に出入りできない場所で、教皇庁の台湾人司教でも直接目にすることはできませんでした。教皇専属の所蔵室で、歴代の教皇が使用した文物を保管しています」と馮院長は説明し、また「これまで貴重な所蔵品が単独で国外で展示されたことはありましたが、60点に及ぶ規模の海外展示は、前例のないことなのです」と言葉を続ける。

史上初の展示ということで、故宮スタッフも展示企画を開始したが、展示経験豊富なスタッフも教皇庁所蔵品には経験がなく、教皇庁側で用意した文物資料の助けを仰ぐしかなかった。

ピウス9世（在位:1846-1878）が使用した聖爵と聖盂。

故宮と教皇庁との展示企画協力

2015年6月に馮院長は、ジュゼッペ･カスティリオーネの展覧会の契約のためフィレンツエのサンタ･クローチェ聖堂を訪れ、さらに足を延ばしてローマに向かった。そこで教皇庁の手配により、サントス二等書記官とともに所蔵室に足を踏み入れることができた。

「サントス二等書記官でさえ初めてということで、所蔵室で丸一日所蔵品を調査し、展示企画を議論しました。それでも見られない場所もありましたが、実地に見学することで、企画を具体的に想像することができました。帰国後は故宮で専門チームを設置し、東アジアに関係するカトリックの歴史と合せて、企画を具体化していきました」と院長は語る。

サントス二等書記官の方では、故宮の歴史資料に基づき、所蔵室を管理するベネディック神父と検討を重ね、所蔵室から60点を選び出し、故宮の展示企画のために提供した。

教皇庁が2016年2月の展示を希望したため、時間的にかなり厳しくなったが、双方の緊密な協力で準備は着実に進んでいった。

2013年に就任したフランシスコ教皇は、人間と自然の調和を重んじ、全世界の信徒に向けて発した回勅において自然保護を論じ、アッシジのフランシスコに倣って、主の創造された宇宙万物を自身のごとく見なして関心を寄せ、環境問題に対するバチカンの重視を示した。

また、フランシスコ教皇は2015年12月8月（無原罪の聖母の祝日）から2016年11月20日（王たるキリストの祝日）までをいつくしみの特別聖年として、12月8日の開始当日からサン･ピエトロ大聖堂の聖なる扉が開かれた。

2015年11月5日、故宮博物院の馮明珠院長がローマ教皇庁で宝物借用の契約を交わし、展覧会が実現することとなった。

いつくしみの特別聖年

今回の展示については、2月の旧正月前に開始することで、旧正月の休暇中により多くの人が展示を見て、神のいつくしみを感じられるようにと期間が決められた。そのため、外交部のバチカン駐在員も多くの努力を払い、関係者のビザ手配や連絡、展示品の通関作業に至るまで最重要の扱いで礼遇し、展示に間に合わせた。

イタリア中部ローマ市に位置するバチカン市国は、都市の中に位置する世界で唯一の国家で、教皇庁の所在地でもある。神に一番近い場所と称されるこの国は、台湾にとってはヨーロッパでもっとも重要な友好国である。ローマ教皇はバチカン市国の指導者であるとともに、カトリックの宗教と精神世界を導き、全世界の人口の6分の1に影響力を有する。

今回の展示品は芸術工芸の逸品で、華麗な中にも典雅で神聖な趣を湛え、一つ一つが聖書の故事を表現していて、どれも生命力豊かな宝物である。また、故宮博物館所蔵の中華圏におけるカトリック教会発展の歴史資料と、輔仁大学所蔵の司教杖が併せて展示され、展示内容をさらに充実させている。

展示内容は、聖座、教会暦、祭壇、ローマ教皇と歴史、秘跡、東方への布教の6テーマに分けられ、カトリックの祭儀と教皇について詳細な解説が付され、カトリックの歴史的発展過程を辿ることができる。

ローマ法王ベネディクト13世（在位:1724-1730）が身につけた胸飾り。

輔仁大学の司教杖

輔仁大学が提供する司教杖は、チェルソ・コンスタンティーニ枢機卿が中国滞在中に使用していたもので、歴史的芸術的価値の高い逸品である。輔仁大学天主教文物館館長で歴史学科の陳方中准教授によると、バチカンは1922年にコンスタンティーニ司教を中国に宣教のために派遣し、輔仁大学を設立させたという。

コンスタンティーニ司教は芸術家でもあり、中国芸術を好み、1933年に帰国するまで宣教活動を通じて中国に深い影響を残した。

バチカンに戻った彼は、布教聖省秘書官に任命されたが、その後、教皇庁は当時バチカン駐在の教務顧問だった羅光に司教杖を与えた。羅光は中国籍の神父で、1966年に台湾に戻り台南の司教に就任し、さらに台北の総司教となった。羅光が台湾で使用したのが、このコンスタンティーニの司教杖であった。

1978年になって、羅光は輔仁大学の第二代学長に就任し、1992年に定年退職したが、司教杖は輔仁大学に現在まで保管されている。

芸術面から言うと、この司教杖には中国風の繊細な文様が施されていて、上部の文様は銅胎有線七宝の技法による。銅製の司教杖に、まず必要な形状に加工した銅線を溶接し、金属面に金属釉を重ねて焼き付けて成型したものである。

司教杖は羊飼いの杖を模していて、上部を構成する四面は新約聖書の四福音書を意味し、中間の羊は主の羊を表す。羊の下部の祭壇は人々を救うために犠牲となったイエスを象徴する。ほかの司教杖と比べると、個性的なデザインとなっていて、コンスタンティーニの芸術家としてのセンスがうかがえる。

ピウス9世（在位:1846-1878）の三重冠（ミトラ）。

聖なる宝物

もう一つ、特別な展示品はフランシスコ･ザビエル（1506−1552）の聖骨箱で、アジアにおけるカトリックの歴史に深い関係がある。陳准教授は「この聖骨箱にはザビエルの腕の骨が収められていますが、ザビエルは中国布教を目指した最初のイエズス会士です。1540年にアジアに派遣され、東インド、マラッカ、日本を回り、1552年に中国に入ろうとしてマカオ外海の上川島で亡くなりました。ザビエルはアジアでの宣教の代表的人物で、後日、マテオ･リッチが中国宣教を志したのは、その精神に学んだものです」と言う。

その死後、イエズス会士がフランシスコ･ザビエルの右腕の骨をローマの本部に持ち帰ったが、今回展示されるのはその聖骨と、これを収めた聖骨箱である。

展示品の中でも、馮院長は特に3～5世紀のエデッサの聖像（マンディリオン）を貴重なものとして挙げる。「これはキリストの容貌が写ったものと言われています。歴史資料によると、エデッサ（現在のトルコ領ウルファ）のアブガル王はキリストの受難後にキリストの肖像を描くため絵師を聖地に派遣しました。ところがキリストの顔から聖なる光が発していて、絵師は肖像画を描くことができず、そこでキリストの顔を洗って布で拭いたところ、聖なる容貌が布に写ったというものです」と話す。その後、キリストを描くときは、この聖像を手本にしたという。

「天国の宝物—バチカン文物特別展」は、東アジアに関わるカトリックの歴史文物展示を目的とし、バチカンの貴重な聖器物が台湾に貸出され、両者の友好関係を深めるものとなっている。世界各地から見学者が訪れる故宮博物院での展示で、世界中の信徒にとっては聖器を目にすることで教皇を偲ぶという宗教的意義が付与されているが、さらには文化芸術的にも意義深い展示となっているのである。

ヨハネ23世（在位:1958-1963）の赤い祭服。

ヨハネ･パウロ2世（在位:1978-2005）が用いた祭服。

ヨハネ･パウロ2世（在位:1978-2005）が用いた十字架。

輔仁大学校史室から借用したチェルソ・コンスタンティーニ枢機卿の司教杖。長さは180センチで芸術的価値が極めて高い。（輔仁大学校史室提供）

レオ13世（在位:1878-1903）の祭壇画「この人を見よ」。

フランシスコ･ザビエルの聖骨箱。