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小さな商店街の大きな世界 『正興聞』が巻き起こす新たな町づくり
文・劉嫈楓 写真・林格立
11月 2015
サクセスストーリーには触れず、スキャンダラスなニュースも扱わない。メジャーに逆らい、大胆にも「世界で最も視野の狭い雑誌」を謳う『正興聞』は、創刊とともにネット上で大きな反響を呼ぶこととなった。「彩虹来了」「小満食堂」など、地域の商店やレストランの経営者が組織した編集チームによると、『正興聞』は、この通りで起ったコミュニティ行動の一つに過ぎないという。最も重要なのは、人と人とを結び付け、喜びを共にすることなのである。
午後の台南に珍しく大雨が降り、観光客の姿もまばらになったが、台南市の西、正興街に並ぶ老舗の泰成水果店(果物屋)や、若者に人気のあるティーショップ布莱恩紅茶店はいつもと同じようにお客の対応に忙しい。昨年11月、「世界初のストリート・マガジン」を標榜する『正興聞』が創刊された。この通りにある30数軒の商店のオーナーたちが物語の主人公である。地元の人なら知らない人のいない泰成水菓店、N23度功夫茶、豊発黒輪店のおかみさん3人が、スカートやジーンズなどモダンレトロなスタイルで表紙を飾る。これが多くの人の目を引いて「世界で最も視野の狭い雑誌」である『正興聞』の宣伝効果を大いに高めた。世界で最も視野の狭い雑誌社会の主流に反し、『正興聞』は有名人のサクセスストーリーやスキャンダルは扱わず、内容はすべて正興街に並ぶ商店30数軒の人や物事を中心としている。編集長の高輝威によると、従来の雑誌の在り方を覆すという位置づけはごく自然に生まれたという。現代人は、何事にも新しさとスピードを求めるが、『正興聞』は身近な人や物事をじっくり観察することに重きを置く。「内に向かって結束力を高めていくと、その力は自然に外に向って広がっていくのです」西の海安路から東の西門街までを結ぶわずか100メートル足らずの正興街に、それほど多くの物語があるのだろうか。『正興聞』編集長で「彩虹来了」のオーナーでもある高輝威は「あるんです」と答える。レストランや食堂のおかみさんが公表してこなかった秘伝のレシピや、知られていないスポットなども題材になる。『正興聞』創刊号のトップを飾ったのは「小満食堂」を経営する呉卓立の父親の写真だ。スーツ姿の渋い男性の目の前に、市場で使われる紅白のビニール袋に入った魚が置いてある。日本の雑誌の写真のパロディで、コピーもおもしろく、ネットですぐに話題になった.『正興聞』の発行は、当初はイベント費用を集めるためだった。昨年、彼らは「大好青空」コンサートを開催することになったが資金が集まらず、話し合いの結果、雑誌を出して資金を集めようということになった。印刷費を引いた利益は多くはないが正興街の今後の活動費にしていく。『正興聞』創刊号は実験的な内容で、記事の大半は「大好青空」イベントの内容である。編集スタッフが揃い、テーマも明確になったのは第2号からで、こちらの方が正式な創刊号といった感じである。ページ数も創刊号の10ページから第2号は62ページまで増え、内容の幅も広がった。「灶脚」の秘蔵レシピや日本語教室といった記事もあり、旅行客が正興街を知るガイドになる。雑誌を開くと、可愛らしい人物のイラストがあり、企画記事も多様性に富み、市販されている一般の雑誌に全く引けを取らない。ところが、この雑誌を作っているのは、編集経験などなく、給料も出ない寄せ集めのチームなのである。自分たちを「正興幇」と呼ぶメンバーたちは、デザイナーやレストランのオーナー、カフェ経営者などで、それぞれ日頃は本業に忙しいが、いざ任務となると本業そっちのけで集まってくる。デザイン会社の佳佳文創でグラフィックデザインを担当する湯士賢は、『正興聞』のために付け焼刃で雑誌編集ソフトを勉強し、一冊すべてのビジュアルデザインを担当する。日本留学経験のある草頭黄ブランド創設者の黄宥琳は日本語翻訳を担当。佳佳文創でマーケティングと広報を担当する康宜棋は『正興聞』第2号の記事の大半を取材・執筆した。「子供の頃から人と違うことをするのが好きでした。このチームのメンバーには皆そういうところがあります」と呉卓立は言う。正興幇の助け合いの精神活動のない時でも、よく一緒に出掛けるという仲の良い「正興幇」が互いに支援し合うのはこれが初めてではない。2012年12月のクリスマスを迎える頃、IORI茶館のオーナー謝文侃は、通りに車が入れないようにしてクリスマスイベントを開いて盛り上げようと提案し、他の店も賛同した。通りにクリスマスツリーを飾ると、まず80年の歴史を持つ果物屋の泰成水果店がツリーにフルーツを飾った。泰成の三代目経営者・郭泰成の行動を見て、他の店も負けじとそれぞれの店の名物をツリーに下げ始めた。こうしてIORI茶館のお茶の缶や万豊米行(米屋)の米のミニパック、阿芬製衣店の洋服などが飾られ、正興街らしいローカルなクリスマスツリーが誕生した。正興街の通り沿いは色とりどりの旗で飾られた。旗に入っている各商店のマークは小満食堂のおかみさんCarolがデザインした。イベント当日は月曜日の夜だったにも関わらず、正興街には3000人以上が訪れ、同じ時に行われた新光三越デパートのイベントよりにぎわったという。「これこそ正真正銘の文化クリエイティブだ。なぜなら、すべてが生活の中から生まれたものだから」と話す人もいたと高輝威は言う。イベント成功の要因は、各商店が協力し合ったことにあると高輝威は分析する。この通りにある正興珈琲館や佳佳文創、蜷尾家などには、それぞれの経営理念を支持するファンが200~300人ずついて、それが一体となると千人を超える数になるのだという。通りが一体となる商店街が中心となり、住民を巻き込んでいくという活動は、正興街では珍しくない。2013年、正興街ならではの物語を発掘しようと、高輝威は一年の時間をかけ、8つの店を取材してまわった。そして長年ここで店を経営してきた泰成水果店と安芬衣服のために、店の特色を表現したロゴ入りのTシャツをデザインした。それから一年の間に、正興街では「小屋唱遊」や「大好青空コンサート」など大小のイベントを4~5回も開催し、大勢の人が熱心に参加した。どのイベントも正式の協会や組織が実行しているのだろうと思う人が多いが、高輝威によると、実際には商店街の店舗経営者たちが口約束だけで取り組んでいるのである。現在も、この商店街には正式な協会組織はない。一つの通りを単位として活動する正興街の運営モデルは、公的部門の態度をも変えた。最初のイベントの時には、周辺の交通管制など政府部門との交渉がうまくいかないこともあったが、2~3年のすり合わせを経て、公的部門も活動の主導権を住民にゆだね、必要な時に協力するという形に変わってきたのである。神農街と海安路に続き、正興街も観光客に人気の通りになった。台南出身の黄宥琳に言わせると、数年前まで正興街は今のようにはにぎやかではなかったという。母親が台南西市場で服の寸法直しの店を開いているという黄宥琳の記憶では、子供の頃、正興街はごく普通の裏通りで、休日の人出はみな西側の中正路と国華街に集中していた。「タクシーに乗って正興街と言っても、運転手も知らないほどでした」と言う。同じく台南出身の謝文侃によると、ここ3年ほど、「彩虹来了」や「蜷尾屋」「小満食堂」「正興珈琲館」などの店ができて、ようやく正興街が余所の人からも注目されるようになったという。特に、これら桃園や屏東出身の人々は、移住者として台南で自分らしく暮らすだけでなく、もともと地元で店を経営してきた人々や地域住民とも家族のように交流している。地元で生まれ育った人々と、移住者でありながら地域のために貢献しようとする人々が一緒になり、新旧が共存する正興街の活力を生み出している。商店主たちによる寄せ集めのチームだが、誰もが行動を通して現状を変える可能性を探りたいと考えている。こうした考えから、『正興聞』第2号は中国語版の他に日本語バージョンと英語バージョンも発行した。高輝威によると『正興聞』第2号を計画している時に英語版と日本語版を出す構想が芽生えたという。外国語バージョンの発行を通して、町づくりに関心を持つ外国人にも注目してもらい、新しい形の旅を生み出したいと考えたのである。「『正興聞』はストーリーを発掘しているのではなく、もともとここにあった人や物事を目に見えるようにしただけです」と簡単なことのように言う。だが、それぞれに個性的な正興幇のメンバーたちは、協力することによる新たな可能性を、行動をもって証明しているのである。
全長わずか100メートルほどの正興街。ここの十数の商店が一体となって大きな力を発揮している。共同でイベントを行ない、雑誌を発行し、新たな町づくりが始まっている。
台南の人々にとって、十数年前の正興街はごく普通の商店街に過ぎなかったが、カジュアルショップの彩虹来了や正興珈琲館などがここに出店し、通りの雰囲気は大きく変わった。
三代続く正興街の老舗果物屋「泰成水果店」も人気店の一つである。オーナーの郭泰成が来ているTシャツは「彩虹来了」が彼のために特別にデザインしたもので、商店間の仲の良さがうかがえる。
小満食堂、下町洋房、蜷尾家など、通りに並ぶ30余りの商店のあれこれが『正興聞』の記事のテーマとなる。
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