築百年の姿を再現—— 旧台南州庁を修復した 「国立台湾文学館」

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2016 / 8月

文‧劉嫈楓 圖‧國立台灣文學館


台南市中心部の円環(ロータリー)からは、公園路や中山路などが放射状に延び、かつての台南州庁を修復した国立台湾文学館が建つ。

上は重厚なマンサード屋根、基礎部分には第二次世界大戦中の爆撃の跡が残る。中に入ると、まったく別世界で、流線形の明るく広々とした空間が広がる。長い歳月を経たレンガの壁の内側を行けば、斑になったレンガと真新しい吹き抜けの大理石の建築物が対照的な二つの時代を感じさせる。「台湾文学の内なる世界」展では林海音や袁瓊瓊、林懐民などの作家の手稿が展示され、作家の思考を伝えている。

この建物は、台南州庁、空軍供応司令部、台南市政府を経て国立台湾文学館となり、築百年を迎えるに当り、新旧が見事に融合している。


台南州庁の建物は1916年竣工。台湾総督府(現在の総統府)、台中州庁などと並んで日本の建築家・森山松之助が台湾に残した傑作である。

外観の壁面はレンガ、石材、小石打ち込み仕上げを用い、ヨーロッパの現代と古典様式が融合している。2階建てだが、後に増築されて現在の姿になった。行政の中心だったため第二次世界大戦中には米軍の爆撃に遭い、当初のマンサード屋根や木の窓枠はすべて破壊され、主要な壁面構造しか残らなかった。

7年をかけて本来の姿へ修復

崩れていた屋根は、1949年に空軍供応司令部が入居してからごく簡単に修復されただけで、後に台南市政府が入居した後も、マンサード屋根が修復されることはなかった。

1992年、文化建設委員会(現在の文化部)が旧台南州庁に国立台湾文化館と文化遺産保存研究センターを設けることとなり、さまざまな要因で本来の姿をとどめなくなった建築物をよみがえらせることとなった。貴重な歴史的建築物を保存するために、修復チームは新建築の要素を減らし、本来の姿を復元することにした。

そして7年にわたる修復を経て、かつての工芸美を感じさせるマンサード屋根や塔、ドーマー、柱などが復元された。そうして2003年、旧台南州庁は台湾初の文学をテーマとした博物館「国立台湾文学館」としてオープンした。

台湾文学館には作家本人や子孫から寄贈された文物15万点余りが所蔵されている。地下室に収蔵されているのは、作家の手稿、書簡、新聞雑誌などの文物である。例えば、娘の朱天文から寄贈された朱西甯の手稿、三毛の手稿や夫との思い出の品、演劇の大家・姚一葦が大陸から持ってきたスーツケースや脚本なども保存されている。

台湾文学館の周辺は、ほかにも歴史ある建築物が集まっている。横には修復されて台南美術館となった旧台南警察署があるほか、孔廟文化パークや葉石濤文学記念館、そして古い家屋をリノベーションした「草祭書店」や「林百貨」も遠からぬところにある。

台湾文学館の文学散歩シリーズのイベントでは、台南の作家・葉石濤の故居や小説に描かれた場所を訪ねることができる。文学と歴史を結びつけた「漫遊神仙府」文学散歩コースでは、台南府の信仰文化に関わる古典詩が十首選ばれており、台南の文化史作家である陳暁怡や薛建蓉、曾国棟が案内してくれる。

読書を奨励するために、台湾文学館では40フィートのコンテナを改造した移動図書館を備えており、僻遠地域に書の香りを届けている。移動図書館はスタートして7年になるが、台湾最南端の墾丁から北端の基隆、東部の花蓮県玉里まで、すでに40余りの町村を訪ねている。

国立台湾文学館の設立は、台湾の文学界にとって大きな意義を持つ。陳益源館長によると、台湾は台湾語、日本語、中国語など多数の言語で文学創作が行なわれる数少ない地域であり、そこに台湾文学の多様性が表れているという。

百年前の古い写真を求めて

旧台南州庁の築百年を迎えるにあたり、文学館では特に日本の建築家・森山松之助の子孫を訪ね、森山が1921年に日本に帰国した後に設計した銀座や新宿御苑の建物を見て回った。

陳益源館長によると、日本統治時代には森山松之助など、日本の若手建築家が西洋から学んだ建築の理想を台湾で大胆に実現したのである。日本に帰国した彼らの建築物には台湾文化の影響も見て取れる。例えば、森山が設計した新宿御苑の旧御涼亭には台湾の閩南式建築の要素が取り入れられている。

台湾文学館では「古い写真を募集、あなたの物語を聞きたい」というイベントを行ない、広く台南州庁に関わる写真や文章を募集した。

2014年、台南二中開校100周年に当たり、同校出身の詹翹は、メディアでの経験があり、台南市文化遺産保護協会理事も務めていたことから、校史編纂を依頼され、その作業を進める中で台南州庁の古い写真を少なからず発見した。これを機に、人知れず保存されていた多数の貴重な史料が見つかり、多くの人が百年前の台南州庁の姿を目にすることとなった。

これは総督府台南中学校の学生たちの記念写真で、背景に台南州庁が見えるだけだが、側面のレンガの壁は、将来の増築のためにアーチ形の通路だけが付けられているのがわかる。

「この写真は非常に貴重なものなので、発見した時は興奮しました」と台湾文学館展示教育組の研究助手・王嘉玲は言う。台南州庁は二度にわたって増築されていたが、残されている記録は文字と青写真だけで、発見されていた写真の大半も増築後のものだったのである。

百年前の台南州庁周辺の様子は、郭宣宏が収集していた絵葉書からも発見された。郭宣宏は古い写真や古い絵葉書の収集を趣味としており、数百枚をコレクションしている。その中の何枚かに、台南州庁が建てられる前の様子が写っていて、後に台南州庁が建てられた場所は、ただの空地になっているのが見て取れる。

詹翹と郭宣宏は一世代分の年齢差があるが、同じ台南二中の出身という縁があり、台南に深い思いを抱いているため、大量の写真や史料の中からすぐに目的のものを発見で来た。「私たちが二人とも台南に詳しい地元の人間でなければ、古い写真を見ても単なる日本時代の写真で終わってしまったでしょう」と郭宣宏は言う。数年間台北で働いていたことのある郭宣宏は、台北では北門や南門などの古跡を保存して宣伝しているのを見て、感じるものがあった。台南には、赤.r楼や郵便局、測候所といった古い建築物が多数あり、古跡の再生や旧市街地復興を論じる資格は台北よりあると感じていた。

台南州庁が文学館に

公園路沿いにある茶館「奉茶」は1990年代末に、旧台南州庁が台南市役所から国立台湾文学館へと変わる様子を見守ってきた。

円環を隔てて台湾文学館が見える「奉茶」は、店主の葉東泰が20数年前に古い家屋を借り、リノベーションして開いた店である。店をオープンした年、旧台南州庁にはまだ台南市政府が入っていた。1992年に文化建設委員会がこの地を「台湾文学館」用地に選定し、1997年に修復工事が始まったことは、歴史の香りがするこの土地の空気とぴったり合っている。

葉東泰によると、台湾文学館の後方は台湾初の孔廟の所在地であり、地理的に近いことから文学館はまるで孔廟の書庫のようでもあるという。台湾文学館は文学の盛んな台南に置かれることとなったのは当然ともいえる。

台湾文学館が台南に置かれ、詩を愛する葉東泰もその恩恵に浴している。もともと詩を知らなかった葉東泰だが、文学活動に協力する中で影響を受け、詩の創作を開始したのである。

文学は生活そのものである。平日に暇があると葉東泰は文学館に足を運ぶ。古都保存再生文教基金会の理事を務め、古い建築物や古い物を愛する彼は、歴史的建築物の復興において、より重要なのは再生後の使い方だと考えている。

台南州庁の再生と台湾文学館の設立は、台南では初めて公的部門が推進した古い建築物の再生プランだが、2008年には古都保存再生文教基金会が古い住宅のリノベーション計画を開始した。「台南州庁の修復は公的部門によるもので、それが手本になりました」と葉東泰は言う。

台南観光では、古い町並みや古い家屋を訪れるのが定番になっている。円環に立つ台湾文学館では新旧の時代が行き交い、台湾文学の新たな生命を紡いでいる。

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