林懐民、蒋勲、馮光遠、林正盛、黄韻玲、馬景濤といった著名文化人がそろって推すカバンとは、どのようなものだろう。それはヴィトンでもコーチでもなく、高雄の小さな店「書包大王」の商品だ。

英ロンドン大学ゴールドスミス･カレッジ文化研究大学院博士課程に学ぶ張世倫さんは、大学時代から書包大王の愛用者だ。それは書包大王のカバンがシンプルかつ簡素で、少しも飾ったところがなく、しかも基本的な機能を備え、本やカメラを入れるのにもとても便利だからだと言う。

教員時代からの縁

書包大王二代目の林芳洲の第一印象は、やや冷淡というものだ。今年54歳の彼は非常に控えめで、マスコミの取材を断り続けてきた。今回は前例のない取材となったが「写真に顔を出さないこと」を要求した。

しかし、じっくり話をした後、彼は記者の南部訛りに気付いた。「高雄出身なのに、うちのカバンを使ったことがないのかね？ああ、あんたが小さい頃に台北に引っ越したんだろう。お父さんは絶対に知っているはずだよ…」と、故郷を訪れた若者に、林芳洲は南部の人らしい熱心さで、いろいろな話をしてくれたのである。

書包大王は、林芳洲の父、林添岸が創設した。林添岸は、日本時代に小学校の教員を務めていた。当時、台湾の貧しい子供たちは布で教科書を包んで通学していたが、同年齢の日本人生徒は日本製のキャンバス地のカバンを使っていた。「内地人」と「本島人」の貧富の差を林添岸は感じていた。

台湾が祖国に復帰した後、林添岸は国民政府が推進する国語文化に馴染めずに教職を退き、裁縫の仕事をしていた妻と共に学生カバンの商売を始めた。学生カバンの他に、弾薬袋、防毒マスク、ジープの幌などの軍需品も扱った。当初は故郷台南に店を開いたが、1959年には、町工場が密集し始めた高雄市内に移転した。

写真左から、書包大王のストラップと帆布。ストラップにはしっかりと幾筋も縫い目が入り、ぬくもりのある銅のボタンが取り付けられる。最後に書包大王のラベルが縫いつけられる。

労働集約型のカバン作り

長いあいだ日本に統治されていた台湾では、戦後も日本風の四角い帆布の学生カバンが使われており、そこに雄中（高雄中学）とか雄女（高雄女子中）、建国中学、北一女（台北第一女子中）などの校名や徽章がプリントされている。

日本教育の影響を深く受けていた林添岸は、カバン作りでも日本の品質に決して負けまいと思っていた。そのため「書包大王」が作るカバンには、すべて台湾の生地メーカーが生産する丈夫な帆布、しかも純綿100％のものを使った。

「純綿の帆布は手触りが良く、長時間肩にかけていてもアレルギーになりません」と林芳洲は言う。一般に売られている学生カバンの多くは8〜10オンスの帆布で作られているが、書包大王の使う帆布は密度が高くて12オンスに達する。その分コストがかかるが、摩擦や重さに強く、ボタン穴もしっかりしていて緩むことがない。

生地が厚いため、染めにも手間がかかる。書包大王の帆布は表面だけ染めるのではなく、布全体を染液に浸け、染色後は100度の熱湯に入れて色落ちしないことを確認する。純綿は染液を大量に吸うため、染料代だけでカバンの原価の3分の1を占めるという。

「純綿の帆布で完全防水にするのは困難ですが、私たちの帆布は織りが密なので防水効果があります。雨でずぶ濡れになっても、乾かせば大丈夫です」と林芳洲は自信たっぷりだ。

シンプルな四角い肩かけ学生カバンの場合、縫いも手を抜けず、これが書包大王のカバンが長持ちする理由でもある。例えば、布と布の合わせ目は表から1回縫い、折り返して少なくとも2回縫うため、長く使ってもほつれることはない。

林芳洲によると、帆布カバンの手作り作業は極めて労働集約型で、足踏みミシンの時代には熟練した職人でも一日に20しか作れなかったという。

電動ミシンの今日でも、自動化生産は難しく、1人1日30個までしか生産は増やせない。現在店には10人の老職人がいて、皆30年以上のベテランだが、多くても1日に200個までしか生産できず、注文しても1ヶ月待ちの状態だ。

写真左から、書包大王のストラップと帆布。ストラップにはしっかりと幾筋も縫い目が入り、ぬくもりのある銅のボタンが取り付けられる。最後に書包大王のラベルが縫いつけられる。

全台湾の人気商品に

素材と作りの良さが売り物の書包大王だが、物資の乏しかった60年代、ひとつ50元の売値は相場の25元の2倍と高く、贅沢品であった。通常はお金持ちの家庭が買うか、子供が難関の高雄中学や高雄女子中に合格したご褒美として買われることが多く、そのため「書包大王」は「優等生」と同一視されるようになった。

高価なため、書包大王のカバンは大切に扱われ、弟や妹がお下がりを使ったり、台北の大学に進学する時に持っていく人もいたため、しだいに北部でも知られるようになった。

1989年、台北の師範大学附属高校3年生が、卒業を控えて「記念カバン」を作ることになり、普段使っているカバンと違うものにしようと書包大王に特注した。黒でボタンなし、「附中人」の文字を入れたカバンは大評判となり、以来「記念カバン」ブームが起きた。

「日本時代から続く歴史ある学校には紅楼（赤レンガの建物）があり、高校生たちはそれを誇りにしています。高雄高校や建国高校の生徒は自分たちを『紅楼才子』と呼び、『紅楼』という文字入りのカバンは幾つ作ったか分からないほどです」と林芳洲は言う。

今や書包大王の名は広く知られているが、地道な経営は昔と少しも変わらない。店内には自社製品の他に、他社のリュックや旅行カバンも並んでいる。

商売人らしからぬ経営者

「記念カバン」のブームは驚くべき効果を上げた。素朴で飾り気がなく読書人らしい純綿のカバンは、多くの人に学生時代を思い出させたのである。

わずか数年の内に、書包大王は学界や文化界の多くの人のお気に入りになった。野鳥学会、ロータリークラブ、女性運動団体、環境保護団体、文化団体、宗教団体などでも愛され、シンポジウムの贈答品や選挙の宣伝などにも用いられた。こうして書包大王は学生だけでなく、しだいに「大人」のカバンとなり、現在では顧客の7割が成人だという。

台湾で最もセンスが良いと言われる誠品書店も、十数年前に書包大王のシンプルなデザインに目をつけた。書店の一角で文字の入っていない各色のカバンを販売し始め、北部の知識青年から好評を博した。

だが、書包大王では一つ350元なのに対して誠品では500元と4割近く高い価格で売っていた。この価格差に心を痛めていた林芳洲は、十年にわたる誠品との協力関係を終わらせた。

林芳洲は、父親が元教員だったせいか自分たちは儲けを重視しておらず、公務員のように「暮らしが成り立てばそれでいい」と考えていると話す。

そのためか、「書包大王」の四文字はすでに台湾精神の象徴となっているにも関わらず、林芳洲は「文化ブランド」として育てるつもりはない。その店舗は街中にあるごく普通のカバン屋といった風情で、自社製の帆布カバンの他に、小学生の通学用カバンや旅行カバンなど他社の製品も扱っている。看板の帆布カバンの価格は長年変わらず、有名になったからといって「付加価値」分を値上げすることもない。だからこそ、誠品書店の値付けを受け入れられなかったのであろう。

自分は「適当に売っているだけ」と言う林芳洲だが、カバンの品質への思いは強い。

写真左から、書包大王のストラップと帆布。ストラップにはしっかりと幾筋も縫い目が入り、ぬくもりのある銅のボタンが取り付けられる。最後に書包大王のラベルが縫いつけられる。

実用的だから売れる

林芳洲によると、かつて書包大王の評判は「永久に修理サービスします」というところから来たという。そして25年前に彼が店を継いだ時は、これを少しだけ変えた。「永久に修理が必要ない商品」を提供するというのである。

そこで彼は、重みで糸が切れやすい肩ひもをパラシュートのベルトと同等のナイロンに変え、肩ひもと本体を結ぶ銅のリングを強いエンジニアリングプラスチック製に変えた。「ストラップ1本で原価が数十元になります」と言う。

改良した帆布カバンは、新旧の顧客から好評を博して人気商品となった。台湾だけでなく香港や大陸からの観光客も、ガイドブックを手に訪れ「台湾らしい」お土産として買っていく。

これを「レトロブーム」と呼ぶ人もいるが、林芳洲はそれは人気の理由の一部に過ぎず、重要なのはやはり「丈夫で実用的」な点にあると考える。

「今年は不景気ですが、うちの商売には影響していません。数年前の台風で高雄が洪水になった日も、わざわざカバンを買いに来るお客さんがいました。単に『レトロ』というだけでは、台風の日にカバンを買いに行くという誘因にはならないはずです」と言う。

多くの人が日本の「一澤帆布」と書包大王を比較することについて、実際に京都に見に行ったことのある林芳洲はこう話す。一澤帆布が色も形もさまざまなバッグやエプロン、帽子など多様な商品を開発出来るのは、日本社会が伝統的に職人芸を尊重しているからだ。織り、染め、金属素材まで、古来の方法を守る腕の良い職人がいるため、こうした手工芸がいつまでも守られるのである。

「残念ながら台湾にはそういう環境はなく、私たちが自力でやるしかありません。協力してくれる川上の職人がいないので、多様な帆布製品を開発するのは難しいのです」

林芳洲は5年後には退職したいと考えているが、現在のところ、子供も家族もこの商売を受け継ぐつもりはないという。手作りの帆布カバンが将来も受け継がれていくかどうかが不安だと正直な気持ちを語る。

「考えてみてください。プロの経営者に依頼することもできますし、興味のある人に店を売ることもできます。何年かしたら転機が訪れ、もっとふさわしい人に任せられるかも知れません」と話す林芳洲は少し寂しそうに言葉を続けた。「手作りの学生カバンが、このまま消えてしまうのは残念すぎます」

かつて高雄市長として高い業績を残した謝長廷氏だが、昨年の総統選挙では、高雄市での得票数は馬英九氏のそれに及ばなかった。林芳洲さんは高雄市民は無情すぎると感じ、自社のカバンに「無情の都市」の文字を入れ、いつも持ち歩いている。

今や書包大王の名は広く知られているが、地道な経営は昔と少しも変わらない。店内には自社製品の他に、他社のリュックや旅行カバンも並んでいる。

写真左から、書包大王のストラップと帆布。ストラップにはしっかりと幾筋も縫い目が入り、ぬくもりのある銅のボタンが取り付けられる。最後に書包大王のラベルが縫いつけられる。

写真左から、書包大王のストラップと帆布。ストラップにはしっかりと幾筋も縫い目が入り、ぬくもりのある銅のボタンが取り付けられる。最後に書包大王のラベルが縫いつけられる。