サトウキビのあの香りを再び
砂糖の原料になるサトウキビはオランダ統治時代に台湾にもたらされ、高温多湿な気候のおかげで大量に生産されるようになり、米とサツマイモに次ぐ酒の原料となった。
サトウキビの搾り汁を何度も煮返し、「離仔土」という石灰類の粉末を加えて砂糖を作るが、その過程で出た水分を使うのが伝統的な製法だ。品質によって等級分けされていて、一番質が良いのが「頭水」で、別名「甘蔗酒」と呼ばれ、その次の「二水」は不純物から来る雑味があり「離仔酒」とも呼ばれた。「糖蜜酒」とも呼ばれた「三水」は不純物が多いだけでなく臭みさえあった。
けれども個人が許可なくアルコール類を製造することが禁止され、さらに製糖業自体が衰退するとサトウキビ酒も次第に消えていった。
台湾糖業公司の虎尾製糖工場は、台湾に現存する2つの製糖工場の1つで、12月中旬の収穫シーズンになると、新鮮な甘い香りを振りまきながらサトウキビ運搬列車「五分車」が高架橋を走る台鉄の列車と交差するように進む珍しい光景を目にすることができる。
「それが子供の頃、私が大好きだった香りなんです」と虎尾醸酒造の創設者・鄭文維さんは言う。彼が製造するラム酒で再現することにこだわっているのがその香りなのだ。
虎尾醸の醸造所に入ると、原料の処理から蒸留、熟成に至るまでのラム酒製造の工程を鄭さんが説明してくれる。けれども虎尾醸のラム酒造りはそれほど順調にはいかなかった。
2013年に酒類醸造免許を取得後、鄭さんは虎尾で採れる米とサトウキビを主原料とすることを決め、2016年にまずライス・ウィスキーを発売した。けれどもサトウキビを原料としたラム酒はなかなか完成には至らなかった。
その理由は出来上がったラム酒の風味がサトウキビ収穫期のあの香りと重ならなかったからである。何度も試した結果、カギは原料の形態にあると鄭さんは気づいた。市場で主流のカリブ海地域で生産されるラム酒はサトウキビの糖蜜を水で薄め、酵母菌で発酵させた後、何度も蒸留をして造られているが、そこに彼が求める風味はない。
けれどもカリブ海にある仏領マルティニーク島産のラム酒(「フレンチ・クレオール・ラム」として知られる)は、アグリコール製法という特殊な製法でサトウキビの新鮮な搾り汁をそのまま発酵させて造っており、そこからヒント得た鄭さんは、その製法にさらに改良を加えてラム酒を造った。出来上がったものを2年間樽で熟成させ、ついに2020年に「虎尾醸ラム酒」として発売した。
「虎尾醸ラム酒」は発売後わずか数か月で完売し、あるフランス人ソムリエからは「今まで台湾で飲んだラム酒の中で虎尾醸のラム酒が一番美味しかった」と言われたそうだ。
「味に正しいも間違っているもありません。臭豆腐がみんなに愛されているわけではないのと同じです。虎尾醸のラム酒が伝えたいのは、生まれ育った虎尾という土地に繋がる記憶なんです」。それは虎尾醸創立時の「職人の心で土地の記憶を酒に醸す」というモットーと同じだ。虎尾醸の酒を飲めば、虎尾ならではの味が楽しめるのだ。
蒸留所に残っていた最後のひと瓶を慎重に開けて琥珀色のラム酒をグラスに注ぐと、サトウキビの繊細な香りが漂ってくる。飲めば口の中に糖蜜の甘い香りが広がり、かつて「糖都」と呼ばれた虎尾のサトウキビ収穫期の賑わいが目に浮かんでくるようだ。
見学者が集まる虎尾醸のテイスティングルームで、創業者の鄭文維さん(左)はグラスにラム酒を注ぎ、その中に込められた物語を語る。
貯蔵室に置かれた樽すべてに鄭文維さんの思い出の中の米の香りとサトウキビの甘さが詰まっている。
規格外のサツマイモは不格好だが、サツマイモのスピリッツの香りの決め手になっている。
恒器酒造の創業者・羅己能さんはサツマイモのスピリッツにウィスキーの熟成樽や果実酒などを組み合わせて、甘い香りだけではないサツマイモの新たな顔を生み出している
中福酒造に足を踏み入れた見学客は、薬酒がぎっしり並べられた蜂の巣状の飾り棚を目にする。
棚に並ぶ1本1本の瓶の背後には、台湾の米の新たな可能性を探る、中福酒造の創業者・馬何増さんと多くの農家の努力の物語が隠されている。
虎尾製糖工場を走る「五分車」(サトウキビ運搬列車)は地元の人々にとって共通の思い出だ。(荘坤儒撮影)