美術品の救急処置
帰国して自ら開業すると、頼志豪は台湾の修復におかしなところがたくさんあることに気付き、また一般に美術品修復が理解されていないことを知った。例えば、作品が上から描き直されていたり、寺廟の壁画の汚れを落とすのに高圧の水が使われていたり、また美術品の劣化を放置していたり、という状況である。頼志豪によると、こうした処置は不可逆的な結果をもたらし、文化財の本来の姿が消えてしまい、修復も不可能にしてしまう。しかし、これらの文物は私たちの文化のルーツであり、きちんと保存しなければ文化の土壌も消失してしまうため、頼志豪は心を痛めている。
作品自体の保存がいかに重要であるかを頼志豪は強調する。彼はかつてマレーシアからの電話を受けたことがある。油絵の顔料が大量に剥がれ落ち、助けてほしいという内容だった。彼は剥落した顔料をできるだけ保存しておくよう指示してからマレーシアに向った。そうして現場に到着すると、剥がれ落ちた塊を一枚ずつ貼り戻し、作品は本来の姿を留めることができたのである。本来の顔料を9割以上とどめることで、作品の価値はかなり保てると言う。
だが、このような救急処置の概念が台湾では普及していない。貴重な文物が損壊の危機に瀕していても、何の措置も採らないことが多いのである。医者(修復師)が来てくれれば何とかなると思っている人が多いが、すでに手の施しようがないことも少なくない。だからこそ、台湾に文化財救急の概念を普及させることが重要だと頼志豪は考えている。文物が損傷した時、作品から剥がれ落ちた欠片を可能な限り保存しておくことで、その後、修復師が能力を発揮できるのである。「修復師はマジシャンではありません。文物が損傷を負ったら、修復師は美容整形のように破損の痕跡を消すことはできますが、やはり破損していないのが何よりで、最少の介入で済ませたいのです」と言う。
台湾で美術品の修復に従事する者は少ないため、油絵を専門とする頼志豪も、多くの廟から壁画の修復に関する問い合わせを受けており、実際に寺廟の文物救急保存の仕事を行なっている。彼はイタリアの伝統的な壁画の保存に用いられるストラッポ法を利用して壁画を壁面から剥がし取る。こうした経験を通して、伝統の職人と交流し、新旧二世代の知識を共有して互いの長所を学び、台湾の貴重な文化遺産を後世のために保存したいと考えている。
頼志豪が当初、修復を学ぼうと考えたのは、自分の作品がダメージを負った時にどうすればいいのか分からなかったからだ。そして修復を学んだ後、彼は創作の道へ戻るのではなく、修復を生業とすることを決めた。「修復の技術は、包丁のように毎日研ぎ、毎日用いることで切れ味が良くなります。修復師は『師』であって修復『家』ではありません。その仕事の性質はやはり職人に似ていて、長年の訓練と実践を積まなければ、本当にいい仕事はできません」と言う。
頼志豪はまだ修復師としての熟練への道の途中にあると考えている。イタリアから帰国したばかりの時、ある学校から教員として招かれたが、彼は学校側に、あと何年か実践経験を積んでから教えたいと断った。彼はこれからも台湾の文物修復の道で鍛錬を重ね、貢献していきたいと考えている。
画中の人物がかぶった帽子の左縁に顔料の欠損が見られる(左下)。ここに識別可能な方法で色を補った後、右下は遠めに見た効果。
頼志豪はフィレンツェのウフィツィ美術館の教育プログラム講師を担当し、現地の高校生に修復方法を紹介した。(頼志豪提供)
修復師の日々の仕事には、精神力と忍耐が求められる。
イタリア伝統のストラッポ法を用い、壁面から剥がし取った壁画。(頼志豪提供)
イタリア伝統のストラッポ法を用い、壁面から剥がし取った壁画。(頼志豪提供)