大自然の豊かな営み ――玉山瓦拉米を行く

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2017 / 11月

文・鄧慧純 写真・莊坤儒 翻訳・山口 雪菜


台湾鉄道の普悠瑪(プユマ)号に乗って花東縦谷を南へ向かい、花蓮県の玉里駅で降りる。そこから車に乗り換えて台30号線のアスファルト道路が終わるところまで行き着くと、その先は泥と砂利が混じった瓦拉米(Walami)歩道(トレイル)である。

ここから先の山林は玉山国立公園の東部園区に属する。かつてはブヌンの人々が暮らし、狩猟をする重要なエリアだった。日本統治  時代には、この山の中で先住民族による壮烈な抗日事件も発生した。ここはまた「クロクマのお母さん」と呼ばれる黄美秀が、十数年に渡ってタイワンツキノワグマを研究した大分地区のナラ林がある地域でもある。これまで数えきれないほどの学者が、この一帯で生態や自然、歴史を研究してきた。玉山への千里の道も、ここから始まる。


現在、この地域は「保全」の名で手厚く保護されており、私たちも、多様な生態を知るためにここを訪れた。

かつての八通関、現在の生態トレイル

 瓦拉米(Warami)という地名は日本語の蕨(わらび)の音訳で、ブヌン語で追従を意味するマラビという言葉の発音に似ていることから付けられたと言われる。現在の瓦拉米歩道は1921年に開かれた八通関越嶺道路の一部である。八通関越嶺道路は日本統治時代に先住民族を制圧し、台湾東西をつなぐために開かれた。今も沿線でブヌン族の集落の遺跡が発見されている。

一緒に山に入ってくれたのは玉山国立公園で28年にわたって働いてきた高忠義だ。かつてブヌンの狩人だった彼は、今は国立公園の自然保護パトロール員を務めており、山林のあらゆるものに幼い頃から親しみ、アウトドアサバイバルの知識という面では生き字引のような存在である。

すでに狩人ではないが、その目は鷹のように鋭く、周囲を見回しただけで「これは今朝、キョンが通った足跡だ」「ここの泥が掘り返されているのは猪がミミズを捕った跡」と教えてくれる。タイワンツキノワグマが木の幹を掘って蜂蜜をとった跡もある。高忠義の後について、その目を通して世界を見れば、森林の中の生命が生き生きと目に浮かんでくる。

登山口から瓦拉米の山小屋まで、道は等高線に沿って開かれており、全長は13.6キロ。標高差はわずか700メートルだが、水の流れには橋が架かり、鉄のはしごなどもあって、歩きやすい。ここは人のために開かれた道であり、動物がここを通ることは少ないのである。高忠義は山の壁面を指差し、木々の間にわずかに見える小道を指して、「ここは国道ですから、あらゆる動物が通れます」と言う。一方の省道は、ヤギやキョンやサンバーが通るのだという。さらに、山肌にわずかにとび出した道はハクビシンなどネコ科の動物が通る道だ。「国道」「省道」というのは狩人が使う喩えで、彼らは以前、この一帯に罠を仕掛けていたのである。

谷底には平らな石が連なっていて、高忠義によると、キョンがそこで日光浴をする姿が見られることもあり、タイワンザルも見かけるという。その話を聞いていると、普段は縁のないキョンやサンバー、イノシシといった動物の姿が生き生きと目に浮かぶ。サンバーが舌を出して渓流の水を飲み、タイワンザルが木々の間を飛び跳ね、キジ科のサンケイが羽ばたき、キョンが遠くから静かに私たちを見つめているかのようだ。こうした動物たちの日常が感じられるのは、玉山国立公園がこの地域を守ってきたおかげなのである。

生き物の邪魔をしない

玉山国立公園は1985年に設立され、瓦拉米地区は2000年に生態保護区に指定された。それより以前、この地域には大理石やサファイアなどの天然資源があるというので、いくつかの鉱区が設けられる計画が立てられたこともあり、ブルドーザーが中部横貫公路の開通を虎視眈々と待っていた。だが幸い、玉山国立公園がこの原生林の保護を決めたのである。この日、私たちは数時間歩いたことで、この大自然に触れることができた。何事も決して無駄ではなく、ここでたくさんの美に触れることができた。

霧の合間に山々が見え隠れし、歩き疲れて湧き水を一口飲めば、それだけで大きな喜びを味わえる。山の斜面には台風で倒れた木が横たわり、シダ植物がそこから伸びている。ただそれだけで大自然の偉大な営みが感じられ、いつまでも見ていたいと思うのである。

山林の草木も人間の役に立つ。高忠義によると、葉に水滴が珠のようにつく芋は食べられるそうだ。また、山で飲み水が不足した時は、希少な疏花魚藤(Derris laxiflora)という植物の茎や枝から水分を得ることができるという。

高忠義によると、かつて狩人たちは猟に出る前にマッチを1本擦った。その煙が目的地の方向に向かって流れたら、狩猟は中止となる。動物が人間の匂いを感じて逃げてしまうからだ。黄秀子の著書『黒熊手記:我与台湾黒熊的故事(私とタイワンツキノワグマの物語)』によると、ブヌン族には狩猟のタブーが非常に多く定められているが、これが狩猟活動をある程度制限し、乱獲を防いできたという。先住民と大自然との共存の法則なのである。

高忠義は布袋を括り付けたアルミのフレームを背負い、鎌を手に行く手を阻む蔓や枝を払いながら進んでいく。吊り橋にたまった落ち葉は、そばに備え付けてある箒で払い、道がくずれていれば石を運んできて平らにしていく。最低限の手を加えるだけで、自然を邪魔しない。それが現在の保全の理念だ。

私たちは瓦拉米の山小屋に一泊し、そこで折り返した。ここから先の大分地区はタイワンツキノワグマの棲息地であり、道は険しく、より専門的な装備が必要となる。素人の私たちは、深い山を、そこに生きる生き物のために残さなければならない。2日にわたる山歩きで、大自然の邪魔をしないことこそ人間が持つべき優しさであることを学んだ。

有機瓦拉米

28キロにおよぶハイキングの後、近くにある南安集落の有機農園を訪ねた。ここは玉山国立公園の範囲ではないが、拉庫拉庫渓が平地に注ぐ最初の農地である。空から見下ろすと、農地は葉っぱのような形をしており、真ん中を葉脈のように農道が走っている。あぜ道で区切られた水田は、季節を追ってイネが生長するに連れ、色合いを変えていく。

ここはブヌンの南安集落に代々伝わる耕作地だが、かつて長年に渡って慣行農法が行なわれていた頃は、散布された農薬の匂いが漂い、国立公園の概念とは相反していた。そこで、玉山国立公園は玉山銀行や銀川永続農場、慈心基金会、花蓮農業改良場などと協力し、有機農業への転換をサポートし始めた。技術指導、相談、認証、買い取り、加工包装などを行ない、有機農業へと転換した米を「玉山瓦拉米」と名付けた。

林泳浤は最初に有機農業を始めた一人だ。国立公園管理処が指導を開始する前から、彼は拉庫拉庫の水を引き、有機微生物菌でモズクガニを養殖していた。

有機農業には手間がかかるのでは、という疑問に対して、林は「そうとは限らない」と言う。苦労が多いのは方法が間違っているからだ。最初の整地の際に平らにならし、水位を一定させれば雑草は生えにくい。毎日見回って水位をコントロールすることが最も大切なのだという。

水田で最大の害虫、スクミリンゴガイとは林泳浤も3回戦ったことがあるが、後に平和的に共存できるようになった。「イネが育って繊維が硬くなると、柔らかい雑草を食べるので除草を助けてくれます」と楽しそうに笑う。

もう一人の農家、頼金徳は「有機への転換は大変ですが、健康の方が大切ですから」と言う。彼は冬の夜、植えたばかりの苗がアヒルにやられないように、妻の高春妹とともに暖かいベッドを抜け出してあぜ道に寝たことがある。収穫したコメは自ら天日に干して精米した。「本当においしいですよ。お日様の香りがします」と言う。

「努力したら、あとは受け入れることです」と林泳浤は、有機農法の心構えを語る。生産量と健康を天秤にかけた時、大自然との調和の方が重要であることに気付く。生産量ばかり気にかけていては憂鬱になるだけだ。慈心基金会の劉宝華は、雑草を「害」と呼ぶべきではないと考える。「雑草は確かに作物の生長に影響を及ぼしますが、環境は人間だけのものではなく、雑草にも生きる権利があるのですから」と言う。これこそ大自然と共存するための考え方であろう。

大地にやさしい心を持てば、自ずと見返りがあるものだ。ここの有機米の生産量は年々増えており、慈心基金会が台東大学の専門家、彭仁君を招いて調査したところ、有機農法によって大地の力が回復していることがわかったという。有機水田の中の生物種は、すでに生態防御網を形成しており、害虫の天敵が十分に育っているのである。

林泳浤によると、田んぼの中のアカムシ(ユスリカの幼虫)は土を撹拌して有機質による土壌の活性化を促す。テントウムシやクモも害虫を捕食してくれる。こうした食物連鎖があり、田んぼの上空ではシラサギやトンボ、ツバメなどが飛び交っているのである。

この他に、農家の人々は田んぼの中に、絶滅の危機に瀕したヒナモロコ属の淡水魚、菊池氏細鯽(Aphyocypris kikuchii)を発見した。「当初は、玉山の麓の農地でも自然保護の目標を実現したいと思っただけで、このような発見ができるとは思ってもいませんでした。菊池氏細鯽の再発見によって、農家の人々も有機農業の意義をあらためて感じています」と玉山国立公園管理処企画経理課の黄俊銘課長は言う。

この1~2年、「玉山瓦拉米」は少しずつ知名度を高め、南安集落でもエコツーリズムなどの体験ツアーを推進し始めた。農家の人々がガイド役を務め、有機米づくりの物語を紹介している。都会から来た旅人が、田んぼに足を踏み入れて土の柔らかさを感じ、イネの葉にテントウムシを探す。そういう感動を、ぜひ味わっていただきたい。

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玉山瓦拉米

自然生息生態系

文‧鄧慧純 圖‧莊坤儒

台鐵普悠瑪號奔馳在花東縱谷,我們在花蓮玉里下車,再轉車來到台30線柏油路的盡頭,與之交界是雜著泥沙碎石的瓦拉米步道。

這片山林屬於玉山國家公園東部園區,也是昔日布農族人生活、狩獵的領域。日據時期,這山區曾經歷慘烈的原住民族抗日事件;亦是十多年來黑熊媽媽黃美秀深入大分地區、研究台灣黑熊的起點。無數的學者在此處研究生態、考究歷史,探訪玉山的千里之行也始於此。


今日這區域以「保育」之名被守護著,我們也為了探訪這山林多元迷人的生態而來。

昔日八通關,今日生態步道

「瓦拉米」一詞源自日語「蕨」(わらび)譯音,音近布農族語「跟隨」(maravi),推究應該是發音相近而以此命名。現今的瓦拉米步道屬於1921年開通的八通關越嶺道路一部分,八通關越嶺道路則是當年日本為了理蕃及連線台灣東西部交通而闢建的道路,至今步道沿途仍不時可見布農族部落遺址。

與我們一同踏入這片山林淨土的是已在玉山國家公園服務超過28年的高忠義,昔日是布農族的獵人,現今是國家公園的保育巡查員。山上的一景一物是他如數家珍的兒時記憶,野外生存的豐富知識使他宛如一本走動的百科全書,不用翻找索引,隨口問就得解答。獵人的心性已消退,但敏銳的觀察力仍不減,看他銳利如鷹的眼掃過步道、樹林,指著山壁上,「這是早上山羌路過的蹄印」、「地上被翻攪過的泥濘是山豬挖找蚯蚓的傑作」,還有台灣黑熊摳挖樹幹裡蜂蜜的痕跡。跟在他的身後,從他的眼看世界,才真正領悟到什麼是「偵察」,這片山林也在高忠義的解說中生動起來。

從登山口至瓦拉米山屋的步道多沿著等高線修築,全長約13.6公里,上升海拔落差僅700公尺,修築步道時遇水架橋,有時用鐵梯連接兩岸,路況平穩舒適好行,這是闢給人走的步道,惟動物們卻鮮少路過這條陽關大道。高忠義指著山壁上,要仔細端詳才能在樹叢依稀瞧見的小徑,「這條是國道,所有動物都會從這邊經過。」省道則是山羊、水鹿、山羌走的路。還有要側身看才可發現,一條沿著山壁、凸出的窄窄平台,「這是貓科動物,如白鼻心等的獸徑。」省道和國道是獵人術語,昔日他們在這些路段架設陷阱,今日獵人們已不狩獵了,但這樣的戲稱還留著,幫助我們想像動物在山林中生活的樣態。

山谷下一片平坦石壁,高忠義說那兒不時有山羊群在做日光浴,台灣獼猴也愛在上頭小憩。說著說著,那些我們無緣親睹的山羌、水鹿、山豬等動物,在山林間活動的樣態,在腦海中宛如動畫般活動了起來,彷彿看見水鹿在溪邊伸出舌頭舔著水喝,台灣獼猴在樹間攀走跳躍、藍腹鷴在樹下拍翅飛騰而起、山羌在遠處靜靜地凝視著我們。

想像著如此動物生活日常的畫面,能有此情此景,就不可不感謝玉山國家公園的保育成果。

不打擾的溫柔

玉山國家公園成立於1985年,瓦拉米地區則於2000年變更為生態保護區。但在更早前,這區域曾因富含大理石、藍寶石等天然資源,一度被規劃成數個礦區,怪手虎視眈眈地等著新中橫通車後鯨吞蠶食。所幸玉山國家公園的設置保留了這原始的天然林,我們今日雖需經數小時的徒步,才能見證它的壯闊,但天下無不勞而獲之事,大自然總回饋我們更多更多的美景。

山嵐如紗,時隱時現地伴著群山鬧;經一番辛苦跋涉後,飲一口山泉水的甘甜,方感人生無憾;被颱風颳折的樹,枝幹就讓它橫倒在坡地上,各種蕨類植物在它的軀幹上著根附生,加入時間的灌溉,成就它卓然天成的美麗,成為園區中讓人不忍移步的景致。

不僅觀賞,山林中的草木皆有其用。高忠義分享葉面可凝結水珠的山芋是可食的;在野外求生,如果懂得辨識水藤(疏花魚藤),可從其莖枝取得水源。

原住民適應自然的智慧不只這些。高忠義說昔日獵人上山前,會先劃一根火柴,確認風向,如果風朝著我們將去的方向,那麼這趟狩獵就可取消了,因為動物們已經嗅到人的氣味紛紛走避了。在黃美秀的書《黑熊手記:我與台灣黑熊的故事》中也說,布農族關於狩獵的禁忌很多,這些禁忌某種程度制約了獵人的狩獵活動,避免對生態造成無限度利用,此即是原住民與自然共存的法則。

一路上高忠義揹著綁上米袋的鋁架,手持草刀,一路在前,碰到阻礙行走的藤類、枝幹就稍加修整,維護步道暢通,他還會拿起擱在一旁備用的掃帚掃除吊橋上的落葉;遇到坍陷的路段,移開堆疊的石塊,讓路面平整。維持最低限度的干擾,隨其自然生息,是當前保育的概念。

我們止步於瓦拉米山屋,隔天早上折返。山屋再過去的抱崖、大分地區是台灣黑熊的故鄉,面對的是更艱險的路況,需要更專業的裝備,還是生手的我們就讓那山林給黑熊玩耍,留給居住在這樂園的生物吧!兩天的路程,讓我們體驗,不打擾,該是人類給大自然的溫柔。

有機瓦拉米

完成了往復28公里的健行,鄰近不遠處是南安部落的有機田。雖然不屬於玉山國家公園的範圍,卻是拉庫拉庫溪流入平地灌溉的第一畝田。從空中鳥瞰,這片耕地形狀猶如一片葉子,中間貫穿的農業道路是為葉脈,由田埂分割出來一塊塊形狀不一的稻田,隨著稻子的生長,不同季節以多層次的黃黃綠綠妝點大地。

這是布農族南安部落世代的耕地,過去多年來施行慣行農法,農忙期間空氣中總飄散刺鼻的農藥味,與國家公園友善環境的保育概念相左。對此,玉管處邀集玉山銀行、銀川永續農場、慈心基金會、花蓮區農業改良場等單位,從技術輔導、農友陪伴、認證、收購、加工包裝等,協助農民轉作有機,命名「玉山瓦拉米」。

林泳浤是率先響應有機耕作的農友。其實在玉管處推動此計畫前,他早已引拉庫拉庫溪優良的水質,使用有機微生物菌養殖大閘蟹。

面對有機耕作要付出更多勞力的疑問,林泳浤說:「不等於。」方法不對,自然辛苦。一開始整地時,打田要確實,田打得平整,使田裡水位一致,雜草才不易蔓生,因此每天巡水田,控管水位是抑制雜草最重要的工作。

而稻田最怕的福壽螺,林泳浤也曾跟牠大戰三回,一開始恨之入骨,但一個月後,改跟牠和平相處。「當稻子的纖維素提高後,牠就不愛吃稻子,改吃雜草(比較嫩)了,順便幫忙除草。」林泳浤眉開眼笑地說。

另一位農友賴金德則說:「其實父母那一輩都是用傳統的農作方式,轉作有機的辛苦還好啦!健康比較重要。」他和妻子高春妹兩人曾在冬夜離開溫暖的被窩,睡在田埂上,防止水鴨搗亂剛插好秧苗的田地。收成的有機米,賴金德親自曬米,也自己碾米,煮成香噴噴的米飯,「特別好吃,有陽光的味道。」這是辛苦耕作的註解。

「努力後,接下來就是『寬心』了。」林泳浤一句話直指有機耕作該有的心態。產量跟健康兩相權衡下,與大自然和平相處更形重要。「如果一直糾結產量,那就會變成『憂鬱農夫』了。」林泳浤笑說。慈心基金會劉寶華也補充說明,站在「萬物皆有生存權」的立場,他不喜歡稱雜草是「草害」,「雜草雖然會影響到目標作物的生長,但環境不全是人類的,它們也有生存的權利。」劉寶華說。而這就是跟大自然共處最重要的精神吧!

友善大地的心意,得到大自然豐碩的回饋。除了有機米產量連年提高外,慈心基金會請來台東大學專家彭仁君進行生態調查也發現,有機農法回復土地本能,有機田裡豐富的物種已建立起生態防禦網,並有足夠的天敵物種能抑制田間害蟲。

林泳浤指著田裡的紅蟲(搖蚊幼蟲)說,牠會翻攪土壤,提供有機質活化土壤,橙瓢蟲、長腳蜘蛛會捕食像飛蝨等傷害水稻的蟲類,一連串的食物鏈,這讓有機田上方,常有白鷺鷥、蜻蜓、鷸鳥和燕子流連徘徊,熱鬧異常。

農友們還在田裡發現已被列為瀕危等級的台灣特有淡水魚──菊池氏細鯽。玉山國家公園管理處企劃經理課課長黃俊銘說:「當初只希望讓玉山下的這畝田能符合國家公園的保育目標,其實沒預料到會有這樣的發現,菊池氏細鯽的再發現,讓農友都覺得做有機是相當有意義。」

近一兩年,隨著玉山瓦拉米漸為人熟知,南安部落逐步推展生態旅遊等體驗行程,農友也紛紛投入導覽,介紹種植有機米的故事。讓城市人以肌膚感受赤足踩入軟爛的田地,體驗拉庫拉庫溪的水溫;在稻梗、葉隙間,瞧見穿著紅黑相間衣裳的橙瓢蟲。那種心底莫名湧起的悸動,希望您也能親身去感受。                           

Along the Walami Trail—A Pristine Natural Ecosystem

Cathy Teng /photos courtesy of Chuang Kung-ju /tr. by Phil Newell

The Taiwan Railway Administration’s Pu­yuma Express races along the East Rift Valley. We get off at Yuli in Hua­lien County, where we transfer to a bus that goes to the end of the asphalt road that is Taiwan Provincial Highway No. 30, where it meets the unpaved Wa­lami Trail.

This expanse of mountain forest, in the eastern part of Yu­shan National Park, was in days gone by an important living and hunting area for the Bu­nun indigenous people. During the Japanese era (1895‡1945), the area experienced an incident of fierce resistance against the Japanese by indigenous people. The trailhead is also the point from where for the last decade and more, “Black Bear Mama” ­Hwang Mei-hsiu has been going deep into the Da­fen oak forest to study the Formosan black bear. Countless scholars have studied the ecology and explored the history of this place, and the long trek to visit Yu­shan itself also starts from here.


Today this region is protected in the name of conservation, and we have come here to visit the fascinating ecology of this mountain forest.

From military road to ecological trail

“Walami” comes from the Japanese wa­rabi (fern or bracken), which sounds similar to the word ma­ravi (to follow) in the Bu­nun language, and it can be surmised that this place got its name from the similarity in pronunciation. Today’s Wa­lami Trail is part of the Ba­tong­guan cross-mountain military road, which opened in 1921. The road was built by the Japanese to secure their governance over the area’s indigenous peoples and to connect Eastern with Western Taiwan.

Stepping with us into this pristine mountain forest is Gao ­Zhongyi, who has served at the Yu­shan National Park for over 28 years. A member of the Bu­nun indigenous people, in days gone by he was a hunter, but today he is a national park conservation ranger. His hunter’s temperament has by now disappeared, but the acute powers of observation that are the trademark of a hunter have not declined. Scanning the trail and forest with eagle eyes, he points to a rock face and says, “Those are hoofprints from some Reeve’s muntjac that passed by here this morning.” He also identifies the marks where a Formosan black bear dug into a tree trunk for honey. Seeing the world through Gao’s eyes, we suddenly become aware of the powers of a true “detective,” and the forest comes alive for us through his explanations and descriptions.

From the trailhead to the Wa­lami Cabin, the trail mainly follows contour lines. The total distance is 13.6 kilometers, but the change in elevation is only 700 meters. When the road was constructed, bridges were built whenever a river or stream was encountered. The path rises gradually, and is easy and comfortable to walk—this is a trail made for traveling on foot. Animals seldom take this broad and open road. Gao ­Zhongyi points toward the mountainside, at a small track that is barely visible amid the vegetation, and says: “That path is like a freeway: all the animals go that way.” Another track—the “provincial highway” in Gao’s parlance—is the path taken by mountain goats, sambar, and muntjac. This humorous description helps us to imagine the way of life of animals in the mountain forest.

At the next smooth rock face in the valley, Gao ­Zhongyi tells us that occasionally you will see mountain goats sunbathing there, and Formosan macaques also enjoy taking a breather at this spot. Though we don’t have the good fortune to see muntjac, sambar, or wild boar with own eyes, they come alive in our minds, like an animated film, and it’s as if we can see the sambar lapping water from a stream with their tongues, or the macaques climbing and jumping in the trees.

Imagining these images, and the daily lives of animals, we cannot but thank the conservation work of Yu­shan National Park for enabling us to experience these scenes and these feelings.

Gentleness that doesn’t interfere

Yushan National Park was founded in 1985, though the Walami area only became an ecological conservation zone in 2000. Before the park was established, because the area contains natural resources such marble and sapphire, for a time it was planned to divide it into several mineral extraction zones, with mining and quarrying concerns eyeing the area greedily while waiting for the completion of the New Central Cross-Island Highway—which was slated to follow the route of the Japanese military road—after which they could take possession. Fortunately, the creation of Yu­shan National Park preserved this natural primeval forest.

Gao Zhongyi says that in days gone by, before hunters went into the mountains they would light a match to see which way the wind was blowing. If the wind was blowing toward the place they wanted to go, they might as well call off the hunting trip, because the animals would smell them coming and run away. In ­Hwang Mei-hsiu’s book Black Bear Notebook: The Story of Me and the Formosan Black Bear, she writes that the Bu­nun had many taboos relating to hunting, which had the effect of limiting their hunting activities, making them effectively a code of conduct governing the indigenous people’s coexistence with nature.

All along the route Gao ­Zhongyi stays out in front, using his machete to do a little pruning whenever he runs across vines or branches that would obstruct walkers, and moving aside any fallen rocks to keep the path level. Following the rhythms of nature and keeping interference to a minimum is the current ethos of conservation.

We halt our steps at the Walami Cabin, planning to head back down to the trailhead the next morning. Let’s leave the rest of the mountain forest for black bears to play in, leave it to the living things that reside in this paradise! Two days of journeying allow us to understand that non-­interference should be the way humans express gentleness towards nature.

Organic Walami

After completing our 28-kilometer hike, we visit the organic farms of nearby La­muan, a Bu­nun indigenous community. Although they lie outside the national park, these are the first fields to be irrigated with water from the La­ku­laku River after it flows into the lowlands.

This land has been cultivated by the Bu­nun people for many generations. For many years they used conventional farming methods, and during the busy season the air often carried the acrid smell of pesticides, which created quite a contrast with the environmentally friendly conservation practices of the national park. Therefore the Yu­shan National Park headquarters invited E. Sun Bank, the Yin­chuan Sustainable Farm, the Tse-Xin Organic Agriculture Foundation, and the Hua­lien District Agricultural Research and Extension Station to help farmers to switch over to organic farming. They started with technical guidance and demonstrations by experienced organic farmers, and proceeded to certification, purchasing, processing and packaging, for a product they named “Yu­shan Wa­lami Rice.”

Lin Yong­hong is a farmer who led the way in responding to the call for organic cultivation.

Asked whether organic cultivation doesn’t require more labor, Lin replies: “Not necessarily.” If you go about it the wrong way, then naturally it’s arduous. When you first prepare the land, he explains, you have to make sure to get the soil very flat, so that depth of water in the fields is uniform, because only in that way will weeds not spread easily.

As for the dreaded channeled applesnail, the bane of rice farmers’ lives, nowadays Lin Yonghong peacefully coexists with it. “When the level of cellulose in the rice plants rises, the snails no longer want to eat them, and they switch over to eating weeds, which are softer. So they help us out with weeding along the way,” says Lin with delight.

Another farmer, Lai ­Jinde, and his wife Gao Chun­mei, have often gotten out from under the covers on a winter’s night to sleep among the paddy fields, to keep ducks from messing up their freshly planted rice seedlings. Lai takes the organic rice he has cultivated and harvested himself, and dries it in the sun himself, and hulls it himself, and cooks it into sweetly fragrant rice, saying “It’s especially delicious—it has the taste of sunlight.” This is a footnote to the arduous work of a farmer.

“After the hard work, there comes a feeling of peace of mind.” These words of Lin Yong­hong’s encapsulate the mindset one must have for organic farming. When striking a balance between crop yields and health, what is most important is to peacefully coexist with nature. Liu Bao­hua of the Tse-Xin Organic Agriculture Foundation says that he doesn’t like to call unwanted plants “weeds,” because “although they affect the growth of the intended crop, the environment doesn’t belong exclusively to us humans, and they too have the right to exist.” This is surely the most important spirit to have for coexisting with nature!

The intention of being friendly to the earth earns rich returns from nature. Besides the fact that the volume of organic rice production has been increasing year after year, an ecological survey by Professor Peng Jen-jiun of the Department of Life Science at National Tai­tung University showed that organic agricultural practices had restored the natural abilities of the land, and that within the organic fields a rich array of species had re-established an ecological defense network, with enough predators to keep pest insects in the fields under control.

Farmers have even found in their fields a Taiwan endemic freshwater fish that is listed as endangered, Ki­ku­chi’s minnow (Aphyocypris kikuchii).

As the Yu­shan Wa­lami brand name has gradually become better known, in the past year or two the community has started to promote ecological experience tours, with farmers one after another joining the ranks of guides to introduce the story of organic rice.

Walking barefoot through the soft mud of the paddy fields, feeling the warmth of the water from the La­ku­laku River on our skin, when we see amidst the rice stems and leaves a ladybug of the species Micraspis discolor in its red and black garb, a strange flutter runs through our hearts. We hope that you too can go and share the same experience.                 

 

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