暗闇を抜けて3Dへ
18時間という手術は大成功し、曲全立は生命を取り戻した。ただ、腫瘍の位置が顔の左半分の多数の神経とつながっていたため、手術後「不可逆的」な後遺症が残った。
その中で最も影響が大きいのは、左耳の聴覚を失ったことと、左目に涙が溜まりやすくてはっきりと見えないこと、そして左側の嚥下が弱くなったことだ。顔の左側の触覚という点では、まるで薄い布を隔てたような感じで、手術から半年の間は、寝る時に左眼にテープを貼らないと、目を閉じられない状態だった。
一年にわたって「後遺症のある左半分と共存する」ことを学ぶ中で、曲全立は人生を見直すこととなった。以前のように何でも引き受けるのではなく、本当に自分らしい作品を残したいと考えるようになったのだ。
そこで、2006年にハイビジョンのデジタルカメラが登場してから、彼は「美麗の歌」「香草恋人館」そして香港のTVBテレビの「幸福の選択」などのドラマを手掛けた。時間のある時には台湾各地を歩き、ハイビジョンカメラで各地の景観や文化を撮影し、それらを編集して「世紀台湾」「台湾からの絵葉書」といった作品を公共テレビで発表した。
デジタルコンテンツを制作する他に、以前から強い興味を持っていたが、ずっと試みる時間がなかった3Dデジタル分野の研究を開始した。最初は欧米へ行って教えを請おうかと考えたが、学費が高くつく上に、向うは3Dを学ぶなら、まず彼らの高価な器材を購入することを求めてきた。これに不服だった彼は、いっそのこととドイツ製の3D撮影危機を2台購入し、後はすべて独学で研究することにした。
3D撮影の基本原理は「左目と右目に別々の映像を見せる」というものだ。つまり、2台のカメラが人間の左右の目の代わりになって異なる角度で被写体を撮り、上映時には特殊な装置やメガネを用いて、観客の左右の目にそれぞれ異なる映像信号を送ることで、立体映像が見えるというものだ。従って、撮影時に2台のカメラの距離と角度を精確に計算しておかないと、観客は目眩や不快感を覚えることとなる。
病気で左右の目の視覚がアンバランスになった曲全立にとって、3Dはより一層難しいものとなった。左眼は涙の分泌が多すぎて霞みがちで、3D映像を見る時も、健康な目を持つ人より不快感を覚えやすい。
「ましてや最初は3D効果のコントロール方法を知らなかったため、それまでの習慣で、飛び出す映像を多用したため、初めて編集室に入った時は、目眩がして激しい嘔吐に見舞われ、その後は1ヶ月間ずっと酔い止めの薬を飲んで編集を終えたのです」と言う。
この経験について、楽観的な曲全立は、手術による左目の後遺症があったからこそ、自分が製作した3D映像の良し悪しが検証できたと言う。「私が見ても目眩がしない3D映像なら、一般の観客にも受け入れられるはずです。そういうわけで、私は『3Dにふさわしい目』を持っていると言えます」
曲全立は着実に映像製作のキャリアを積んできた。写真は左から、1991年にテレビ番組「金曲龍虎榜」の撮影時に香港の映画俳優・万梓良と。15年前にフランスで歌手・張清芳のミュージックビデオを撮影。1989年に北京の万里の長城で崔苔青のミュージックビデオを撮影。十余年前にデビュー当初の舒淇(スー・チー/左から2人目)のヌード写真撮影。2002年、星雲法師の依頼で「祈願文」を撮影。