「鶯歌の故宮」に見る台湾の美

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2017 / 12月

文・黃淑姿 写真・林格立 翻訳・久保 恵子


日本の民芸運動の父とされる柳宗悦は、工芸品は「美」と「用」を結び付けたもので、精神と物質の双方の満足を与えるものと考えた。現代の芸術陶器の代表的ブランド臺華窯(台華窯)が生み出す色絵磁器は、まさに美と用の結晶である。洗練された技術と独自に開発した釉薬に、台湾の芸術家のオリジナリティを組合わせ、総統府や外交部から国賓へのギフトに度々選定されている。2011年には、駐バチカン大使王豫元がベネディクト16世に謁見した時にも、臺華窯の鮮やかな金と紅の釉薬を用いた作品が選ばれた。


グローバル化とローカル化は、実は裏表の関係にあり、その土地の特色がなければ、国際的な評価に堪えられない。そこで研究開発、デザインとイノベーション能力を具えた臺華窯は、国の機関向けにカスタマイズした製品も提供している。総統府の宴席用の食器をデザインし、2016年には総統就任の記念ボトルも製作した。国の大きな式典に参加することで、臺華窯の陶磁器は「鶯歌の故宮」という評価に加え、御用達磁器の名声も勝ち得た。しかし、その背後には、設立から三十年余りの苦労と努力の積み重ねと、鶯歌の陶磁器産業の盛衰の歴史が隠されている。

鶯歌陶磁器産業の盛衰

臺華窯は1983年に設立され、日用品と装飾用陶磁器を生産してきた。轆轤成形のアンティーク風陶器、白磁、単色釉の陶磁器のOEMを主とし、香港やアメリカに輸出していた。鶯歌のOEM工場は、世界の陶磁器サプライチェーンの川下に位置し、研究開発やデザイン、ブランド能力を有していなかった。労働集約型で価格競争のビジネスモデル、大量受注と材料コスト削減で利益を確保していた。川上には欧米市場を理解する海外華僑がいて、彼らが設計し受注してから、台湾の工場に発注生産し、香港やフィリピンを中継して、世界各地に販売していた。

1986年に市場の需要に応えるため、臺華窯では色絵技術の開発を進め、香港の職人を招いて指導を受け、伝統の上絵付技術を開発した。そこで「精彩芸術工作室」を設立し、釉薬を研究して、伝統的な粉彩(ガラス絵具による上絵付)、闘彩(五彩の色絵)の開発に加え、伊万里焼、薩摩焼、九谷焼などのデザインを研究し、日本、イギリス、アメリカ、イタリアなどに輸出した。

それが程なくして、中国大陸や東南アジア諸国が廉価な陶磁器を生産し、市場を奪っていった。「一晩で受注が消え、鶯歌では工場倒産が続きました」と、打撃を受けた鶯歌の陶磁器産業は急速に衰退し、OEMではやっていけないことを痛感したと、臺華窯の呂兆炘董事長は言う。

世界のサプライチェーンの影響を受けやすい台湾のポジションをどう調整するのか。「伝統技術を守るだけではなく、オリジナルを開発しないと陶芸文化を続けていけません」と、呂董事長は改造を決意した。単なる低コストの製造業から高付加価値の生産モデルに転換するには、既存のビジネスモデルを改変し、新しい時代の製品にはオリジナリティが必要と考えた。オリジナリティは、製品設計だけではなく、生産工程全体とビジネスモデルに、技術に裏付けられ、創造性を核心とし、芸術をコンセプトとしたマーケティングやブランド戦略が求められる。

釉薬と絵具の新技術

呂董事長と臺華窯は、1990年以前に「高温下絵付け焼成」技術の開発に成功した。臺華窯文創のCEO荘秀玲によると、発色剤釉薬の金属酸化物を1300度の高温で焼き固め、ガラス化してから研磨し、高温で安定的に発色する粉末に生成する技術が鍵となった。これにより彩色磁器は、鮮やかな透明感ある色彩が半永久的に安定し、質感が向上する。高温の本焼きに低温で上絵付を焼成する二段階の伝統技法と異なり、一回で焼成するため、時間がたっても退色せず、重金属が含まれず、工程の効率化と省エネが実現する。

釉薬の水彩化は、さらに色絵磁器創作に新しい可能性を開く技術である。電動轆轤、手びねりに鋳込みを問わず、陶土は吸水性が高く、直接絵付けをするのは難しい。何回も試験を重ねて、成形した胎土に白い化粧土を塗って吸水性を下げ、直接筆で絵を描く感触を得て、紙に絵を描くように自在に筆を運べるようになった。

釉薬水彩化で色絵の暈し表現

釉薬の水彩化は、芸術家の絵付けのために考えられた。1995年に彩色磁器の新しい可能性を求める研究開発のため、鶯歌の臺華窯本部に「臺華彩磁研修センター」と「画家ワークショップ」を設立し、陶芸の芸術創作に熱意を抱く芸術家を招いた。芸術家の思考と技術を基に、色絵磁器に新しいテーマと技術革新を求めたのである。

しかし、焼成前の生素地をキャンバスにすると言っても、伝統的な色絵の枠組みを超えるのは容易ではなかった。呂董事長は、磁器の特質に基づいた新しい表現様式が必要と考え、器の造形の開発に力を注ぎ、陶磁器の絵付けに興味を持つ芸術家に対して技術と素材面で支援を行い、絵具や釉薬の新しい用い方を奨励した。

新しい窯変の様式

油絵画家の洪仲毅は臺華窯の支援を受けて、釉薬の窯変の扱いに習熟していった。「1998年に油絵仲間と写生のついでに、鶯歌の臺華窯を見学し絵付けを試してみたところ、私一人が陶磁器という素材に惹きつけられ、その後の創作の重点となったのです」と語る彼は、塗り重ねる油絵の概念を基に、釉薬を塗り重ね、高温で焼成することで層を持つ色を開発した。さらに、描くことを念頭に、新しい器形を創作した。

「釉薬を重ねると、高温で溶けて油絵では表現できない厚みある色が生まれます。釉薬と絵具を混ぜた変化と、予測できない窯変は魅力的です」と言う。その釉薬の使い方は、独特である。「伝統的な色絵磁器では、釉薬の収縮を大きな欠陥と見なしますが、私はこれを一種の特徴、技法あるいは表現として、作品の視覚効果を高める価値に転換したのです」と語る。

異業種協力で世界の舞台へ

激変する市場に直面し、臺華窯と呂兆炘が新しい市場を見出したのは異業種協力だった。1995年にグランドハイアット台北が開業するに当り、台湾ブランドの質の高い食器を求めて鶯歌を訪ねた。そこで、香港やフィリピンから輸入したホテルの陶磁器が、実は台湾製であることに気づいたのである。そこで臺華窯はホテル向けのカスタマイズ・プランを提案した。こうして工場内で絵付け職人が釉薬を駆使し、中国絵画や書道を用いた伝統工芸の特色を持つ色絵磁器を製造することとなり、グランドハイアット向けに食器と装飾陶磁器を提供した。その後、両者は長期的なパートナー関係を維持することとなり、臺華窯が国内外のホテルと新たな協力関係を構築するきっかけになったのである。

臺華窯が開拓したもう一つの市場は、芸術的なボトルである。2003年には、台湾煙酒公司のために、鮮やかな赤い釉薬のボトルを開始して好評を博し、ここから酒造メーカー各社との協力が始まった。2011年には台北101のために、台湾の芸術家8人を集めて、限定版の高梁酒の色絵ボトルを制作した。芸術性の高い限定ボトルは評判を呼び、芸術ボトルとして最高価格を記録した。こうした異業種協力の経験があって、臺華窯は2011年の第33回APECにおいて、中小企業セミナーに招かれ、講演でその実績を披露することとなったのである

2014年に臺華窯は歴史博物館と提携して、「鳳華文創」ブランドを立ち上げた。館蔵の清代花鳥刺繍をあしらった茶器は、新しい茶器として評判を呼んだ。今年、歴史博物館が企画し華人世界を驚かせた「パリを思う―館蔵常玉展」では、代表的なコレクションを日常生活に用いる食器に展開した。2016年にはファッションデザイナー林国基と共に、陶磁器バッグとアクセサリーを開発した。数々の異業種協力を経て、色絵磁器は生活の中に取り込まれ、芸術の味わいを普及させることになったのである。

闘志と自己への要求

かつて鶯歌の陶磁器産業は最盛期から凋落に向かったが、それでも業界の保守的な態度は変わることはなく、異業種協力どころか、技術を盗まれることを恐れ、交流を好まなかった。この時、呂兆炘はそれとは反対に、工場を開放し、訪れる見学客に陶磁器の価値を理解してもらおうとした。すべて開放することで、自己の欠点が目に入り、工場をより清潔に改善する動機となり、作業効率と品質向上につながると考えたのである。臺華窯の職人たちには技術向上を奨励し、表面的な技術に留まってはならないと戒め、2010年には研究開発設計部を設立し、多くの工芸職人を育成しようとしている。「単に工場を訪問し、見ただけで盗まれてしまう技術など、技術ではありません」とも言う。

呂兆炘と臺華窯の歴史を眺めると、かつて建築家の漢宝徳が語ったように、トップランナーは自分のために高い基準を設定し、外国製品と競争する闘志を抱けば、自然と品質を高めることができるのである。クリエィティブ産業においては、文化的素養があれば、自己への厳しい要求を維持でき、製品にも高い文化的な期待を抱くことができるのである。

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大用為美

鶯歌故宮台華窯

文‧黃淑姿 圖‧林格立

日本工藝之父柳宗悅認為,工藝作品結合精神之「美」與物質之「用」,能帶給人精神、物質的雙重滿足。現代精緻藝術陶瓷的代表性品牌臺華窯,其彩繪瓷器正是美與用的結晶,以嫻熟的工藝技術、獨家專研的釉藥色料,結合本地藝術家創作而融合在地元素,屢次獲選為總統府、外交部指定的國賓禮品。2011年,我駐梵蒂岡大使王豫元覲見教宗本篤十六世,便選用臺華窯上雕金喜紅釉反口天球作為贈禮。

 


 

在地化與全球化一體兩面,擁有在地化特色,也就意味著具備國際化的能見度。因此,具備研發、設計與創新能力的臺華窯,同時也為國家機關提供客製化產品,自開始設計總統府宴客餐具,到2016年與設計師聶永真合作完成總統就職紀念酒瓶。諸多傑出的國家級專案參與,使臺華窯除了原有的「鶯歌故宮」之稱外,亦有「御用精瓷」之美譽。名聲榮譽的背後,是辛勤的汗水與面對挑戰的勇敢。臺華窯創立至今的三十多年生命史,見證了鶯歌陶瓷產業的興盛與衰落。

鶯歌陶瓷產業興衰

1983年臺華窯成立時,兼營日用與陳設之陶瓷,主要從事仿古手拉坏、白坏、單色釉的代工,產品外銷至香港、美國。與鶯歌的其他代工廠一樣,當時台灣位居於全球陶瓷生產業體系的下游,尚無研發、設計與品牌能力,採取勞力密集生產、削價競爭的經營模式,利潤來自大量接單與降低材料成本。生產體系的上游是熟悉歐美市場品味的海外華僑,設計、下訂單後,由台灣窯廠接單、代工生產,再以香港、菲律賓為貿易中繼站,銷往世界各地。

1986年,因應市場需求,臺華窯開始發展彩瓷技術,聘請香港師傅駐廠指導,發展傳統的釉上彩技術;設立「精彩藝術工作室」,專研釉彩,除了傳統的粉彩、鬥彩等,也向日本取經伊萬里、薩摩燒、九谷燒等風格,外銷日本、英國、美國、義大利等國。

不久後,大陸、東南亞等這些開發中國家的競爭對手以更低的價格瓜分市場,大量傾銷廉價陶瓷產品,「一夕之間突然接不到訂單,鶯歌很多陶瓷工廠紛紛倒閉。」臺華窯董事長呂兆炘說,整個鶯歌陶瓷產業受到嚴重衝擊,景氣快速由盛轉衰,「彷彿突然從日出走到夕陽」他由此警覺:「代工的老路,是不能再走了!」

該如何扭轉台灣受制於全球生產體系的配置位置?「只有保存傳統技藝是不夠的,還要有所開創,才是陶瓷工藝文化得以綿延的主力。」呂兆炘決心改造企業體質,從原本只能降低成本的製造業,轉換為高附加價值的生產模式,唯有改變既有經營型態,「創新,才會有新時代的產品」。創新,不只是產品的設計,更包括整體的生產、經營模式:以技術為後盾,以創意為核心,以人文藝術為概念訴求,注重行銷、打造品牌。

釉藥色料新技術

呂兆炘與臺華窯團隊通力合作,在1990年前成功開發「高溫釉下彩一次燒成」的技術。臺華窯文創執行長莊秀玲說明,「高溫釉下彩」的成功關鍵,是將釉彩發色劑金屬氧化物以攝氏1,300度高溫鍛燒、玻璃化後再加以研磨,製成穩定的高溫色料粉末,使彩瓷顏色更為瑰麗而能永保如新,並有閃爍的晶亮感,質感倍而提升,「一次燒成」則可提升工序效率並節省能源,突破傳統釉上彩日久褪色、含低溫鉛鎘重金屬及二次燒成的缺點。

「釉藥水彩化」,則是吸引更多人參與彩繪瓷器創作的另一重大研發技術。無論機器拉胚、灌漿或手拉素坏,因土坏吸水性佳,不容易直接用筆彩繪,經過多次嘗試後,發現在坏體塗上一層化妝白土,能有效降低土坏吸水性,讓在瓷器素坏上書寫、作畫的筆繪觸感,更接近紙張作畫的狀態,而能輕鬆自在地揮灑。

釉藥水彩渲染彩繪

釉藥水彩化起源於藝術家彩瓷創作的需求。1995年,呂兆炘為了尋找彩瓷的新突破、新技法,在鶯歌中正一路的臺華窯總部,設立「臺華彩瓷研習中心」與「畫家研創室」,邀集一群充滿藝術創作熱情的台灣藝術家進駐,加入彩瓷創作,嘗試從藝術家們的思維與技巧,尋找創意、題材與技術的創新。

臺華窯具備從製作坏體到燒窯完成的一貫作業技術,窯場內有各種專業技師,技術嫻熟流暢,能滿足不同藝術家的需求,也吸引藝術家投入,成為台灣彩瓷創作的重要平台。然而,單純把素坏當成畫布,以色料創作彩繪,不容易跳出傳統仿古彩繪的原有框架,呂兆炘認為,應該針對瓷器的特質,開發新的表現形式。因此,除了設計出更多器物型制,「對於有興趣從事瓷器彩繪的藝術家,我全力支援技術與材料,鼓勵創新運用色料與釉藥。」

窯變新彩玩家

油畫家洪仲毅在臺華窯的支持下,純熟運用窯變釉的色彩與質感。「1998年與一群油畫同好在寫生之餘,相約到鶯歌臺華窯參觀並試玩陶瓷畫,沒料到唯獨我被陶瓷媒材吸引,且深深著迷,至今成為我另類創作的重心。」洪仲毅以油畫的厚實概念為基礎,重疊不同釉藥,經高溫燒熔成層次豐富的另類色感,他並進一步以畫為思考起點,創造坏形。

「釉色重疊經過高溫共融產生渾厚且飽滿的釉彩,是油畫中難以表達的。再加上釉料、色料的混用,以及不可預期的窯變,更讓人陶醉。」洪仲毅說。此外,他亦提及釉色的使用,存在一念之間。「傳統彩瓷視縮釉為嚴重瑕疵,但我的嘗試卻可巧妙地轉化其特性,成為一種技法,一種表現,運用在創作上產生視覺藝術上的價值。」

借力使力走向國際

異業結盟,是呂兆炘在市場劇烈轉變中,為臺華窯找到的新市場。1995年台北信義區君悅飯店剛建成時,飯店主管發現餐廳缺少東方風味的台灣品牌風格餐具,來到鶯歌陶瓷參訪後,才發現旅館內擺設的香港、菲律賓經銷瓷器,原來都是台灣製造、鶯歌生產。參訪結束後,臺華窯提出客製化方案,以廠內工藝師彩繪結合釉色窯燒,運用中國繪畫、書法彩繪,以傳統工藝特色為君悅量身打造餐具與陳設陶瓷。雙方後來成為長期合作夥伴,也開啟臺華窯與國內外飯店餐飲業者的合作關係。

臺華窯的另一條路,是藝術酒器。2003年協助台灣菸酒公司開發喜紅釉色酒瓶,大獲好評,從此開啟與各大酒廠的合作。2011年與101台北金融大樓公司合作,集結八位台灣藝術家的彩瓷創作酒瓶,推出藝術珍藏限量高粱酒,創下白酒市場新高單價及藝術酒器的高價紀錄。成功跨界的結盟經驗,使臺華窯在2011年受邀參加第33屆亞太經合會APEC中小企業研討會,分享經營與發展實務。

2014年臺華窯與歷史博物館合作推出「鳳華文創」雙品牌,推出清代花鳥刺繡茶具,引發一波時尚茶具新話題。今年史博館策劃轟動華人世界的「相思巴黎──館藏常玉展」,臺華窯將典藏原作轉製開發為日常生活器皿,讓人「藏玉於家」。2016年與服裝設計師林國基合作,開發陶瓷包款與飾品配件。種種跨界結盟,都讓彩瓷走入生活,普及藝術品味。

鬥志與自我要求

當年鶯歌陶瓷產業由盛轉衰,並未促使商家保守心態的轉變,反而更怕技術被「偷師」,這時呂兆炘卻大膽逆向操作,「我決定開放工廠,讓來參觀的訪客更了解陶瓷的價值。」他認為,只有百分之百開放,才能看到自己的缺點,這樣,不但能強迫自己改善工廠整潔,也提升工作效率與品質。呂兆炘大力推動臺華窯的技師、藝師精進工藝技術,不能只停留在淺層的技術面,2010年更成立研發設計部,培養多位工藝師。他主張:「光是參訪瀏覽就會被學走的技術,不算技術。」

呂兆炘與臺華窯一路走來,如同建築大師漢寶德所說,當走在前面領頭的人為自己設立了高標準,有與外國產品競爭的鬥志,自然就會致力於提高品質。在文化創意產業中,只有具備相當的文化素養,才有嚴苛的自我要求;對於產品,也才會有文化高度的自我期許。                     

Tai-Hwa Pottery

The “National Palace Museum of Yingge”

Sanya Huang /photos courtesy of Jimmy Lin /tr. by Jonathan Barnard

Yanagi Soetsu, the father of the Japanese min­gei folk craft movement, believed that handicrafts combined spiritual beauty with the usefulness of physical objects, thus satisfying people on both the physical and spiritual levels. Tai-Hwa Pottery, a brand that epitomizes modern fine ceramics in Taiwan, truly combines beauty and usefulness in its painted porcelains. Leveraging its skilled craftsmanship and unique research into glaze pigments, it draws on local elements and the creativity of local artists to create works that have repeatedly been selected by the Office of the President and the Ministry of Foreign Affairs for state visit gifts.

 


 

Localization and globalization are two sides of the same coin. Special local qualities are what brings global visibility. Through its par­ti­cipa­tion in many outstanding national-level projects, Tai-Hwa Pottery has acquired a reputation as the “National Palace Museum of Yingge,” and its ceramics are known as the “imperial porcelain” of the current day. Behind its excellent reputation lie hard work and the courage to face challenges head on. The firm’s 30-some-year history bears witness to the rise and fall of the ceramics industry in ­Yingge, New Tai­pei City.

Rise and fall of an industry

When Tai-Hwa Pottery was founded in 1983, it created ceramics both for daily use and for display. It mainly worked as a contract manufacturer, making antique-style hand-thrown, unglazed and single-color glaze pottery for export markets, including Hong Kong and the United States. It was like other contract ceramics makers in ­Yingge at a time when Taiwan occupied a downstream location in the chain of ceramics production, lacking R&D, design and branding abilities. It was competing on price in a labor-intensive field of production. In 1986, responding to market demand, Tai-Hwa began to produce colored porcelain. In addition to producing traditional Chinese ceramics in the fen­cai and dou­cai styles, it also produced Japanese-style ceramics (such as ­Imari, ­Arita Sa­tsuma and Ku­tani ware) which it sold to Japan, Britain, the US, Italy and other nations.

Not long afterwards, developing nations with lower production costs, including mainland China and countries in Southeast Asia, entered the market. “Seemingly overnight, we couldn’t get orders, and pottery factories in ­Yingge started going out of business one after another,” says Lu Chao-hsin, president of the company. The entire industry in ­Yingge was hit hard and fell into rapid decline. “It was as if we had moved suddenly from bright noon to sunset.” It prompted a realization: “We can’t keep going down that old contract manufacturing path!”

What approach did they take to repositioning Taiwan in the global system of production? “It wasn’t enough to preserve traditional craft techniques. Innovations were also needed to give ceramic art culture the power to sustain itself.” Lu Chao-hsin resolved to reform the business’s structure, shifting from competing on price toward a model of high-value-added production. Only by changing the business model, and “introducing innovations, could we produce products for a new era.”

New glaze pigment techniques

After several years of working together, Lu Chao-hsin and the Tai-Hwa team successfully developed the “high-temperature underglaze single-firing” technique in 1990. ­Chuang Hsiu-ling, chief of Tai-Hwa’s Cultural Creation Division, explains the key to success with high-temperature underglazes: metal oxides must be heated to 1300°C to vitrify before being ground into a powder to create a stable refractory under­glaze. This makes the color of the porcelain more vivid and enables it to maintain a “like new” condition over the long term, as well as a shiny luster and enhanced texture that suggest a higher quality. Single firings can raise the efficiency of the manufacturing process and save ­energy, as well as overcome the flaws of double-fired porcelain, such as colors fading over time and the inclusion of lead, cadmium and other heavy metals that are characteristic of low-temperature firing.

A watercolor-like glaze painting technique is an important factor in drawing more people to create colored porcelains. Whether machine-thrown, slipcast or hand thrown, biscuit ware (the unglazed porcelain after the first firing) is highly absorbent and not easy to directly apply colors to with a brush. After much trial and error, it was discovered that adding a white cosmetic foundation lowers the biscuit’s absorbency, so that the experience of brush writing and painting on ceramics can closely resemble that of paper, allowing one to create in a carefree manner.

Glazes with watercolor effects

The technique of getting glaze to resemble watercolors originated from the needs of artists to create colored porcelains. In 1995 Lu Chao-hsin, searching for new techniques, established the Tai-Hwa Ceramics Learning Centre and the Craftsman Studio at Tai-Hwa’s headquarters in ­Yingge. He hired a group of Taiwanese artists brimming with creativity to staff these facilities and participate in the creation of colored porcelains, so as to apply artists’ skills and modes of thinking to the pursuit of innovations in themes and techniques.

Yet by simply using unglazed ceramics as a painter’s canvas, by using color to “paint a picture,” it is hard to transcend the framework of imitating historical colored ceramics. Instead, by focusing on the special qualities of porcelain, Lu believes that it is possible to go further and develop new forms of expression. Consequently, he says, apart from developing even more kinds of ceramic ware, “when it comes to artists who are interested in painting on porcelain, I have been highly supportive with techniques and materials, encouraging them to innovate with new pigments and glazes.”

Playing with new colors

The painter Hong ­Chung-yi, whom Tai-Hwa has supported, is adept at using transmutation glazes to produce color effects and textures. “In 1998, I was among a group of oil painters who were invited to come to Tai-Hwa in ­Yingge and have a go at painting ceramics. Much to my surprise, I alone was attracted to this medium and deeply captivated by it. To the present day it is an alternative focal point of my creative work.” Drawing from his strong foundation in oil painting, Hong applies layers of different glazes. After high-temperature firing, these ceramics acquire a distinctive layered coloration. He has also taken another step in using painting as a launching pad for creating biscuit ware in various shapes.

“When layered colored glazes melt together at high temperature,” says Hong, “it creates surfaces that are boldly bursting with glaze. It’s an effect that’s difficult to create with oil paintings. With the mixing of pigments and glazes, it becomes impossible to predict the ensuing transformations in the kiln, which makes the process even more bewitching.” He also mentions how small differences in applying the glazes can result in very different outcomes.

Going international

Lu Chao-hsin is forming alliances with companies in other industries in order to find new markets amidst rapid change. Tai-Hwa has introduced customization, with craftspeople at the firm combining paint and glaze and then firing the requested items. The firm created table­ware and display ceramics for the Grand Hyatt Tai­pei inspired by Chinese painting, colored calligraphies and traditional crafts.

In 2011 it worked with Tai­pei 101 and eight artists to create bottles for a limited-quantity release of special kao­liang spirit. They were sold at record-breaking prices. After that successful alliance, in 2011 Tai-Hwa was invited to participate in a seminar on small and medium-sized enterprises at the 33rd meeting of APEC, where it shared reflections on its experience and development practices.

In 2014 Tai-Hwa worked with the National Museum of History to develop a jointly branded tea set inspired by Qing-Dynasty bird-and-flower embroidery, which engendered much discussion about fashionable tea sets. This year the museum held the exhibition “Parisian Nostalgia: The National Museum of History’s ­Sanyu Collection,” which has created quite a stir in Chinese communities around the world. Based on the original paintings, Tai-Hwa created some porcelain pieces that can be used in daily life: “Treasures for the Home.” In 2016, the firm worked with clothes designer Goji Lin to create porcelain components to be used on bags and accessories. These various crossdisciplinary alliances are helping to bring colorful porcelain into people’s lives and spreading good taste.

Fighting spirit

When ­Yingge’s ceramics industry hit hard times, many businesses continued to be conservatively inward-l­ooking, fearing the theft of their techniques. But Lu took a contrarian approach: “I decided to open the factory to visitors, so that they could better understand the value of porcelain.” He believed that only if you are 100% open can you see your own flaws. With that approach, you are not only forced to improve the cleanliness of the factory, but you can also improve efficiency and quality.

The architect Han Pao-teh has said that those on the cutting edge inevitably have high expectations of themselves. It’s a description that certainly applies to the road that Lu Chao-hsin and Tai-Hwa have taken. If you are competing with foreign brands, you will naturally work hard to raise quality. And among those producing culturally creative products, only those few that produce at a high level will put the highest of expectations on themselves and their products.

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