移住労働者の心を支える ——

ベトナム出身の阮文雄神父
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2019 / 11月

文・李珊瑋 写真・林格立 翻訳・山口 雪菜


東南アジアからの移住労働者への理解を深めて交流することは、台湾の「新南向政策」における重要な一環である。ヒューマニズムを掲げる阮文雄(グエン‧ヴァン‧フン)神父は、神の思し召しにより、苦難にさらされるベトナム人のために声を上げている。ベトナムから日本、オーストラリアを経て台湾へと移ってきた阮神父は、自ら風雪を越える中で愛を学んできた。

かつて難民としての苦難に耐えた神父には、不平等な扱いを受ける移住労働者の気持ちが痛いほどよくわかる。台湾に来て31年、阮神父は正義の使者として何ものも恐れずに声を上げ続け、当局と世界の人権機関に問題を正視するよう呼び掛け、米国国務省から「現代の奴隷制度を終結させる英雄」と称えられた。移住労働者や移民のためのシェルターを設けてベトナム同胞の権利獲得を生涯の志とし、新住民が台湾で尊厳をもって暮らせるように力を尽くしている。


スーツケースひとつで異郷へ

桃園市八徳区にある聖母升天堂の傍らにある「ベトナム移住労働者‧移民事務所」を訪ねた。小さな2階建ての建物だが、外国人労働者や移民にとっては、最も温かく頼りになるシェルターである。小さいがきちんと整理されていて、畑の野菜はシェルター利用者に提供される。厨房前の狭い空間にはさまざまなスーツケースが並んでいる。入居者が、かつて異郷への夢を抱いて旅立った時のスーツケースだ。私たちが入っていくと、入居者は見知らぬ人を観察しつつ、はにかんだ表情に素朴なやさしさを見せる。

「彼らがここへ来たのは、台湾で問題が起きたからです」と神父は語る。職場で負傷したり、雇用主から違法に解雇‧搾取されたりといった理由で行き場をなくしたベトナム人にとって、阮神父は大切なよりどころである。「ここでの生活は規則正しく、忙しいものです」人生を神に捧げた阮神父は、弱い立場に置かれた同胞に安全な空間を提供するだけではない。彼らに台湾の法令や知識を教え、シェルターを出て、自ら権益を勝ち取って自立できるよう支援する。

幼い頃の誓いを実践

両親はベトナム中部ゲアン省という貧しい地域の出身だった。阮少年は早熟で、貧しい高齢者が生活のために炎天下で荷物を運ぶ姿を見て心を痛め、いつか人助けをして世の中の役に立ちたいと天に誓った。

阮少年は17歳の時に父を病気で亡くした。次男だった彼は天性のリーダーシップを持っていた。共産主義下での暮らしに甘んじず自由を求めていた両親の思いに従い、家族を率いてベトナムを抜け出すことにした。台風が近づき、月も出ていない夜だった。彼が用意したのは42人しか乗れない小さな船だったが、岸辺では多くの人が待っていて、56人がすし詰めになって乗った。「その船は、もともと遠くまで航行できるようなものではありませんでした」と言う。長さ8.5メートル、幅3.5メートルの船を阮少年は決死の覚悟で漕ぎ出した。荒波の中、船は木の葉のように波にのまれ、幾度も沈没しかかった。

「神の御加護を祈るしかありませんでした」と言う。出発前に用意した10日分の食糧や水も流された。だが、公海を行き交う巨大な商船は、難民の乗った小船には見向きもしなかった。近くを通りかかったノルウェーの船に懸命に接近したが、そのまま通り過ぎてしまった。が、「絶望の瞬間、その船が戻ってきたのです」信じられないような奇跡に、船上の難民たちは涙を流した。38時間に及ぶ命からがらの航海の末、阮少年とその家族や親戚は助かったのである。

難民から自立へ

助かった阮少年は、日本の神奈川県藤沢市の難民支援施設に入り、生きていくために懸命に働いた。苦しかったが、自由の空気は素晴らしく、それだけで価値があると感じた。その頃、難民が差別され排斥され、どこにも訴え出ることができない孤独も感じたが、社会の底辺にあっても、彼の澄んだ心と知恵が荒むことはなかった。この時の経験があるからこそ、台湾で移住労働者や移民の苦しみが痛いほど理解できるのである。

「ベトナムにいた頃、一時期修道士でした」と言い、難民として救助されてから、再び神の下に帰することとなる。神父は台湾のホームレス施設で働いていた時、人のために働くことの喜びを知った。当時は唯一の外国人神父として劣悪な環境でホームレスに奉仕していた。「彼らは私の姿を見ると、一斉に拍手をして歓迎してくれたのです」と言う。彼らを気の毒に思い、苦しかった心が、その明るさによって解放され、喜びを感じたのである。与えることは得ること、人と人との垣根のない交流のすばらしさに気づいた。それは神が与える限りない愛に似ていた。

正義の使者として弱者のために

2005年、台南で仲介業者による外国人労働者に対する性的暴行事件が発生した。被害者はベトナムから来た100人を超える女性だった。阮文雄神父は多くの人の力を結集し、12年をかけて裁判を勝ち抜いた。「まるで自分の姉妹が踏みつけにされたように感じました」と言う。台湾に働きに来るに当って巨額の仲介料を借りている彼女たちは、故郷に送り返されたら借金が返せないと思い、苦しみに耐えていたのである。

故郷の家族の暮らしを良くしたいと、希望を胸に台湾に来たのに、踏みにじられ心身に深い傷を負ったのである。物質的に償われても、心の傷を完全にいやすことはできない。

「仲介制度こそ、外国人労働者問題の根本である」と考える神父は、内外の巨大な仲介体制に戦いを挑んだ。すると四方八方から圧力がかかり、神父の身の安全さえ脅かすようになった。それでも阮神父の働きかけで「人身売買防制法」が制定され、台湾は2010年に米国国務省の「人身売買リポート」リストの2級から1級に回復し、阮文雄神父はアメリカで、現代の「奴隷制度撲滅の英雄」とされたのである。

外国人花嫁や外国人労働者の平等と正義のために闘ってきた神父は「以前よりずっと良くなりました」と言う。立法院で就業服務法52条が改正され、外国人の雇用や管理に規範が設けられた。だが神父は、真の問題解決には法の執行面での努力がまだまだ必要だと指摘する。

神父が主宰する移住労働者‧移民事務所には、台湾に来てわずか3ヶ月で、職場の機械で右手を切断し、働けなくなった人がいる。失った右手を服で隠しながら左手で字を書く練習をしていた。神父は「今は彼のために当然の権利を勝ち取ろうと努力しています」と言う。言葉が通じないため、職場での教育が着実に実施されず、機械には設計上の欠陥もあって若い労働者が重大な労働災害に遭ってしまったのである。「多くの危険な仕事が外国人労働者に任されています」と話す阮神父は、外国人労働者が平等な扱いを受けられるよう声を上げ、奔走している。

何よりも人を大切に

長年にわたって移住労働者や移民のために闘ってきた神父は、物質面での支援だけでなく、精神的なよりどころが必要だと考えている。そこで2010年、より専門的なサポートができるよう、神父はオーストラリアに心理学を学びに行った。長年にわたって傷ついた心に寄り添う中で、自分も感情的に落ち込まないようにするためには信仰が大きな支えになり、また運動や山登りなどで心身を解放することも大切だという。苦しむ人々を救うには、自身の状態も良くなければならない。

インドネシアやベトナム、フィリピン、タイなど、東南アジアの国々から台湾に働きに来ている労働者は現在71万人に達し、台湾社会においても無視することのできない新たなグループを形成している。「私には小さな力しかありませんが、それでもやらなければ」と、阮神父は外国人労働者や移民のためのシェルターを設けた。その対象はベトナム人に限定せず、他の国籍の人も歓迎している。14年来、約2万人がここに保護され、サポートを受けてきた。

総統府の「司法改革国是会議」にも参加する阮神父は、多文化主義の立場からヒューマニズムの精神を推進し、互いを深く理解して受け入れ合い、対等な関係が築かれることを願っている。敬虔な信仰の中で喜びをもって生き、神の慈愛を伝え広め、人々が人生の真の意義を見出せるよう力を尽くしているのである。

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守護新住民權益

以人為本的阮文雄神父

文‧李珊瑋 圖‧林格立

深化對東南亞移工移民的理解與交流,是台灣「新南向政策」中,極為重要的面向。「以人為本」的阮文雄神父,受到天主聖召,為受苦受難的越南同胞發聲。由越南到日本、澳洲,再輾轉來到台灣,阮文雄向天借命,在歷經風霜中,學會了愛。

曾為難民的切膚之痛,讓阮文雄在面對受到不公平待遇的移工移民時,感同身受。來台31年間,阮文雄化身正義使者,無畏恐嚇,奔走呼籲,亟力喚起當局和世界人權組織的正視,被美國國務院推為「結束現代奴隸制度的英雄」。從「越南外勞配偶辦公室」,到「越南移工移民辦公室」,阮文雄以捍衛越南同胞的權益為志業,讓新住民有尊嚴地生活在台灣這片土地。


 

一卡皮箱,航向異鄉

走進桃園市八德區聖母升天堂旁的「越南移工移民辦公室」,小小的二層樓房舍,卻是移民移工心目中,最溫暖厚實的庇護港灣。生活空間雖然侷促,卻井然有序。集體開發的小菜圃,綠意盎然,供應庇護中心的日常食用。阮文雄神父一大早就拿著水桶,忙進忙出,內外打點。廚房前的狹長空間,形式不一的行李箱,占據了一整面牆。每一個皮箱,都曾經是他們航向異鄉的夢想,也承載著他們血淚斑斑的人生故事。正在準備午餐的收容者們,悄悄地觀察著陌生的臉孔,靦腆的眼神中,閃爍著純樸善良。

「會到這裡來的,都是因為來台灣後發生了問題。」面對因為受傷,而被雇主非法解雇、剝削,徬徨無助的社會邊緣人,身高不高的阮文雄,卻像擎天巨柱般,堅毅地張開雙臂,為他們撐起保護傘。「我們每天的生活都很規律,也很忙碌。」一生奉獻給天主的阮文雄,為了照拂弱勢同胞,彷彿有用不完的精力。在庇護中心裡,除了提供安全的生活空間,阮文雄還為他們上課,了解台灣的法規和相關知識。輔導他們走出庇護中心,學會保護自己,爭取應有的權益。

實踐童稚期的誓願

「我父母是義安人,屬於北中越,那裡的生活很苦。」少年的阮文雄,卻有一顆早熟的心。看著佝僂的老人家,為了生活,在炎炎日頭下,辛勤地背負重物,體恤之心油然而生。出生於南越平綏省(今平順省)的他向天許願,希望自己能夠有力量去救助世人。

「父親在我17歲時,因病過世。」排行老二的阮文雄,天生具有領袖的特質。因為不願在共產制度下生活,阮文雄縝密地規劃,依循父母追求自由的腳步,帶領著家族成員,離開越南。「我們的船真的非常小。」在那個月黑風高、颱風來臨前的深夜,不忍遺棄聞訊而來、苦苦守候在岸邊的同胞,原本最多只能承載42個人,硬是擠上了56個人。「其實我們的小船,根本不能航行那麼遠。」登上8.5米長,3.5米寬的木殼船,阮文雄抱著必死的決心,把恐懼拋諸腦後,毅然決然地航向公海。「幾層樓高的大浪打下來,我們完全被吞沒。」汪洋中的一葉扁舟,在驚濤駭浪中,幾度瀕臨沉沒。

「我只能說一切都是天主的庇護。」出發前,準備了十天的糧食和飲水,卻在鋪天蓋地的狂浪裡,全數傾覆,蕩然無存。廣漠的公海裡,無數的商輪來來去去,卻都無視於這些渺小的、幾近解體的偷渡船。就在全船人幾近無望間,一艘懸掛著挪威旗幟的商船,和他們擦身而過。小船興起一線希望,開足馬力,緊緊追趕,卻仍然是漸行漸遠。「就在絕望的剎那,那艘大船竟然回頭了。」不可置信的神蹟,讓海上難民們喜出望外,淚水瞬間奪眶而出。在歷經38小時的生死交關後,阮文雄和鄉親們終於平安獲救。

難民翻身,咬牙苦撐

逃離死劫的阮文雄,被安置在日本神奈川縣藤澤市的難民營中。「我不怕苦,有什麼工作可以做,就做什麼。」以勞力換取生活,雖然辛苦,但是可以呼吸到自由的空氣,阮文雄覺得這一切都是值得的。「當時深刻體會到難民受到社會的歧視與排擠,無處投訴的孤寂。」雖然沉澱在社會底層,但是阮文雄清明的心智,卻從未沉淪。這段切身體驗,讓阮文雄來台後,更能用同理心,體察移工、移民的苦楚。

「在越南的時候,我曾經做過短暫的修士。」但是因為被越南共產黨禁止修道,我非離開修院不可。阮文雄獲救後,卻在天主的聖召下,再度回到神的懷抱。「我在台灣的遊民收容所裡,找到付出的喜悅。」當時阮文雄是唯一的外籍神父,在又髒又臭的惡劣環境裡,服務遊民。「他們看到我來,就集體開心的鼓掌歡迎。」原本因為憐憫而糾結的心房,卻反而被遊民的真誠開朗打開,感染喜悅。真正體會到給予就是獲得,造就了人與人間無礙的雙向交流。就像神愛世人,人間有愛,處處福杯滿溢。

化身正義使者,為弱勢發聲

2005年台南爆發駭人聽聞的外勞仲介性侵事件,受害的越南女性移工逾百人。阮文雄集結眾力,歷經12年,終於贏得司法正義。「我永遠記得那悲悽的啜泣聲。」一對做仲介的洪姓父子,欺凌越南移工不懂中文,脅迫她們簽下同意書,性侵得逞。「那種痛楚,就像自己的姐妹受到殘酷地踐踏。」因為背負沉重的仲介費用,畏懼若遭遣返則無法償還借貸的姐妹們,只能忍氣吞聲,在狼爪迫害下苟活。

每一個離鄉背井的越南移工,都肩負著原生家庭滿懷的期待,希望在新天地裡,能夠賺到足夠的錢,改善一家人的生活。但是這些受到蹂躪的姐妹們,不僅美好願景瓦解破滅,身心更是遍體鱗傷。「物質上容易補償,但是心靈的傷痕,很難修復。」那種羞辱的印記,是終身都無法去除的。

「仲介制度是造成移工移民問題的癥結。」為了捍衛移工移民的權益,阮文雄毅然決然地與海內外龐大的仲介勢力對抗。「我只能虔敬執著地向天主祈禱。」四面八方湧來的壓力,甚至威脅到阮文雄的人身安全。「當時還沒有明確的法規可以保護他們。」直到阮文雄參與催生的「人口販運防制法」獲得通過,使台灣在2010年美國國務院「人口販賣報告」排行榜中,由二級恢復到一級,阮文雄也被美國認為是現代「打擊奴隸制度」的英雄。

從為「越南新娘」爭取權益,到保護外籍移工,阮文雄爭的是公平正義。「現在的情況,已經比以前改善很多。」當立法院通過了就業服務法第52條,就法律層面上來說,外籍聘僱和管理都有更良善的規範。但是阮文雄認為,真正要解決問題,必須要更落實執行層面。

「他來台不到三個月,手就被機器切斷,無法繼續工作。」坐在「越南移工移民辦公室」裡,透著稚氣的面龐,努力學習用左手填寫表格,並且羞赧地用衣服掩飾,被機器切斷的右手。「我們正在幫助他,爭取應有的權益。」因為語言不通,職前教育沒有落實,加上機器設計上的缺失,導致一個又一個年輕的移工,在台灣發生工安意外。「很多高危險性的工作,都交由移工來做。」中文說寫流暢的阮文雄,把握每一個為移民移工發聲的機會,極力奔走,振臂疾呼,只為了爭取公平地對待漂洋過海的移工移民,不讓他們在殘酷的現實中,身殞夢碎。

以人為本,打造生命共同體

長期投入排解移民移工的困窘,阮文雄深刻體會到,除了物質層面的幫助,更需要精神上的撫慰。為了突破自我,2010年阮文雄負笈澳洲修習心理學,用專業提升協助的層次,輔導受困在死蔭幽谷的弱勢同胞。讓他們在夾縫中看到陽光,找回希望和歡笑。「其實對我自己也很有幫助。」長期傾聽負面的悲苦投訴,唯有抽離現實,隔絕壓力,冷靜平和,才不會讓自己也身陷在情緒困擾的漩渦中。「信仰是我的支柱。」以祈禱來修復心靈,獲得重生力量;此外,他也靠運動和爬山紓壓健身,為拯救受苦受難的移工移民,身心必須保持最佳狀況。

來自印尼、越南、菲律賓和泰國的東南亞移工,目前約有71萬人,已是台灣不可忽視的新族群。「我的力量很渺小,但是還是要去做。」阮文雄建立的移工移民安置平台,不侷限在越南籍,凡是有需要協助的外籍移工移民,他都敞開雙臂接納。14年間,約有二萬餘人直接受到庇護,間接得到幫助的,更是不可勝數。「我不接受他們任何的謝禮,只希望他們有能力時,也能去幫助別人。」

參與總統府「司法改革國是會議」,阮文雄期待用多元文化主義做立基點,推動以人為本的精神,彼此深入理解後,相互包容體諒,平等相待。在真誠的信仰中,用平安喜樂的心,傳遞神的慈愛恩典,讓愛的漣漪逐漸擴大,找到生命的真諦。

Protecting Immigrant Rights

—Father Peter Nguyen Van Hung

Lee Shan Wei /photos courtesy of Jimmy Lin /tr. by Geof Aberhart

Creating a deeper understanding of the lives of migrants from Southeast Asia, and facilitating greater exchange with them, are core aspects of Taiwan’s New Southbound Policy. Answering his calling from God, Father Peter ­Nguyen Van Hung has dedicated his life to speaking up for his Vietnamese compatriots when they suffer hardship.

Since first coming to Taiwan 31 years ago, Father Hung has become a messenger for justice, fearlessly appealing to both local authorities and international human rights groups and earning recognition from the United States Department of State as a “hero acting to end modern-day slavery.” Through the Vietnamese Migrant and Immigrant Office of the Catholic ­Church’s Hsin­chu Diocese, Hung works to defend the rights of his fellow Vietnamese in Taiwan, helping them build lives here with respect and dignity.

 


Wall of dreams

Stepping into the Vietnamese Migrant and Immigrant Office, located in a small two-story building beside the Church of Our Lady of the Assumption in Tao­yuan’s Bade District, one is immediately struck by a sense that it is a warm and protective shelter in the eyes of those migrants. While the quarters may be cramped, they are well ordered. In front of the kitchen is a long, narrow space with one wall occupied by suitcases of various types. Each of these has been the carrier of its owner’s dreams of life in a new land, and of the tragic tales that led them here.

“Anyone who ends up here does so because they’ve encountered problems since arriving in Taiwan.” To those who have been injured at work or illegally dismissed or exploited by their employers and find themselves marginalized and helpless, Father Hung, while not physically tall, can seem like a tower of strength, his arms wide open and ready to offer shelter. As well as a safe place to live, Hung also provides them with classes to help understand Taiwan’s laws. He helps lead them back out of the shelter with the knowledge they need to protect themselves and fight for the rights they deserve.

A childhood vow

“My parents were from Nghe An, in north central Vietnam, and life was hard there.” As a young child growing up in Binh Tuy, South Vietnam, Hung was mature beyond his years. He prayed to God that he could have the power to save the world.

“My father died of illness when I was 17,” says Father Hung, who was the second child in his family, but born with a gift for leadership. Not wanting to live under Communist rule, as a young adult he began making careful plans to follow in the footsteps of his parents, who had fled the North in pursuit of freedom, and lead his family out of Vietnam. “In reality, our little boat wasn’t fit for such a voyage.” On a wooden boat just 8.5 meters long and 3.5 m wide, a grimly determined Hung put his fear behind him and resolutely headed out onto the high seas. “We were completely engulfed by waves several stories high as they battered down on us.” On several occasions, his little boat almost went down amid the terrifying waves.

“All I can say is that God has a plan for us all.” As they floated on the vast open sea, countless merchant ships sailed past, ignoring small refugee boats like this one, many of which were on the verge of disintegrating. Their situation appeared increasingly desparate, until a ship flying the Norwegian flag passed close by. Clinging to a last thread of hope, Hung gunned the boat’s motor and chased after it, but it seemed to be getting further and further away. “Then, just as all hope seemed lost, that ship turned around.” With that miraculous turn of events, the refugees were overjoyed, bursting into tears. After 38 hours spent in mortal danger, Hung and his comrades were finally safe.

Gritting his teeth and getting to work

Having escaped death, Hung was placed in a refugee camp in Fujisawa, Japan. “There, I became deeply aware of how refugees are discriminated against and excluded from society, and how they can be left alone without anywhere to have their voices heard.” Despite being left at the bottom of society’s barrel, Hung’s mind and soul stayed clear and he never fell into despair. After he came to Taiwan, this personal experience helped him have greater empathy for migrant workers and immigrants, and the difficulties they face.

“In Vietnam I was a friar for a short time,” Hung says, “but when the Communists banned religious practice, I had to leave the friary.” After his rescue, Hung followed his holy calling and returned to God’s embrace. Later, having been ordained as a priest and come to Taiwan as a missionary, he would head out into dirty, gross environments to serve the homeless. “I found the joy of giving through working in homeless shelters.” His heart, once overwhelmed with pity, was filled with an infectious joy as the sincerity of the people there opened it up. “Whenever they saw me coming, they would welcome me with joyful applause.” He learned that to give is also to receive, and that this can create free-flowing interactions between people. Just as God loves the people of the world, where there is love between people, there are blessings.

Becoming an upholder of justice

In 2005, news broke of a series of rapes by two labor brokers in Tainan, with over 100 young Vietnamese women the victims. Father Hung worked to expose the case and joined with others to support the women, and after 12 long years they finally won justice in the courts. “That was as painful to me as if it had been my own sisters being brutally abused.” Because of the burden of heavy brokerage fees and the fear that deportation would leave them unable to repay their loans, these women felt they had no choice but to grit their teeth and live with the assaults.

Under this humiliation, their visions of beautiful futures were destroyed and their bodies and minds were left beaten and bruised.

“The brokerage system is the crux of the problems around migrant labor and immigration.” To defend the rights of immigrants and migrant workers, Father Hung has resolutely confronted the massive power of the brokers, both in Taiwan and abroad. “Back then there still weren’t any clear laws to protect them.” That is, until the passage of the Human Trafficking Prevention Act, which Father Hung was a major advocate for. With this, Taiwan was returned to Tier 1 status in the US State Department’s 2010 Trafficking in Persons Report, and for his work, Father Hung was recognized as a “hero acting to end modern-day slavery.”

“Things have improved a lot since then.” When the Legislative Yuan amended Article 52 of the Employment Service Act, the employment and management of foreign labor saw further improvement, at least on paper. However, as Father Hung says, to really solve the problem, there needs to be a greater focus on enforcement.

“Not even three months after he came to Taiwan, his hand was cut off by machinery and he couldn’t work,” says Father Hung, pointing out a Vietnamese worker who came to his office to seek aid. Sitting in the Vietnamese Migrant and Immigrant Office, the youthful-­looking man is laboriously filling out a form with his left hand as he embarrassedly covers his severed wrist with his right sleeve. “We’re helping him fight for his due rights.” Between language difficulties, inadequate pre-job training, and issues with machine design, one young body after another has fallen victim to workplace accidents in Taiwan. Father Hung takes every opportunity to speak up for migrant workers, devoting all his energy to fighting for fair treatment on their behalf.

Building a people-first community

After many years working to resolve the issues faced by migrant workers, Father Hung is profoundly aware that they need not only material help, but also spiritual support. To take his work further, in 2010 he began studying psycho­logy in Australia.

Currently, Taiwan is home to over 710,000 migrant workers from across Southeast Asia, including Indonesia, Vietnam, the Philippines, and Thailand. Together they constitute a new demographic that Taiwan cannot ignore. “I may not have a lot of power, but I still need to do what I can.” Father Hung has established an assistance platform for immigrants and migrant workers, and over the past 14 years some 200,000 people have received shelter, while even more have been helped indirectly. “I don’t accept any thank-you gifts from them, I just want them to help others however they can.”

Having participated in the Office of the President’s National Conference on Judicial Reform, Father Hung hopes for a more culturally diverse approach to justice and works to promote a people-first attitude of deeper mutual understanding, tolerance, and equality. With sincere faith and a joyful heart, Father Hung strives to spread the grace of God and help others find the true meaning of life.  

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