どのシーンも撮影は「賭け」
お天道様次第というのはカメラマンの宿命だが、空撮ではそれが一層重要になってくる。西螺大橋で媽祖の巡行が行なわれる日は、朝から雨が降り続けていて、「飛ぶか、やめるか」誰もが決めかねていた。その時、王冠傑の「撮るぞ!」の一言で賭けてみることになった。そうしてヘリコプターが離陸すると、日没の1時間前になって突然雨が止み、撮影に成功したのである。「同じように、どのシーンの撮影も博打でしたよ」と王冠傑は言う。
台湾という小さな島の面積は3.6万平方キロメートル、その空域の半分は管制エリアで、フライトのたびに幾層もの行政機関に申請書類を提出して許可を得なければならない。このことから思いがけずメンバーは役所に提出する文書が上手になったという。
山頂に白い雪が輝くシーンは2年目にようやく撮影できた。「玉山と中央山脈の空域は台湾でも最も飛行の難しいエリアなので、軍の訓練空域となっていて、民間の航空機が飛行の許可を取るのは極めて難しいのです」と言う。
世界に知られる台湾の壮麗な山景色に、わずかでも人の姿を添えるため、スタッフは大覇尖山と小覇尖山に登った。プロデューサーの蘇仁宏と廖健宏が最も困難なくじを引いてこの役割を担うことになり、普段は登山に縁のない二人はただただ懸命に登るしかなかった。新竹県の観霧からスタートして、往復でまる7日もかかるルートだ。山の上ではスマホの電波は届かず、衛星電話で通信するしかない。しかし山の気温は低くて通信器材は使えなくなり、撮影隊は彼らからの連絡を待つほかなくなった。そうした中、ようやく電話が一回つながり、「蘇さん(総合プロデューサーの蘇宗淙のこと)、明日必ず撮影してください。私たちは精神力だけで登って来たんですから」と求めてきた。蘇仁宏と廖健宏は、その間の忘れがたい苦労を振り返る。フィルムの中では、わずか数秒、山の稜線に立つ小さな人影がヘリコプターに手を振っているだけだが、その背後で多くの人による大変な準備があったのである。「一言でいうと、天の時、地の利、人の和があって、ようやく完成したのです」と陳俐穎は言う。
メンバーたちの苦労話も、今は笑い話となっている。それでも作品には常に最高の質を求めてきた彼らは、台湾の美しいものをもっととらえたいと思っていた。「司馬庫斯の紅葉を漏らしたのは残念でした。あの年は天候が異常だったうえに、私たちが山に入る前日に道路が寸断してしまったのです。それから馬祖の海が青く光る藍眼涙(青い涙)と呼ばれる現象は、夜間の離島撮影ということで、かないませんでした。もう一つは嘉明湖です。水の量が少なく、山も封鎖されてしまい…」と陳俐穎は一つひとつ数え上げる。
『飛越台湾』のフライト体験が終わると、入場者はスタッフに声をかけ、思い出の詰まった故郷がこんなに美しく撮影され、しかも見たことのない角度から見ることができて感動したと語る。「この体験のすべてに感動しました。ハードウェアも音楽も、ポストプロダクションもすべてMade in Taiwanというのも本当に誇らしいです」蘇宗淙の言葉で、すべての苦労が報われる。台湾人の手によるこの作品は、まさに台湾の誇りと言えるだろう。
i-Rideのチームは、空から海まで、あらゆる天候や地形を乗り越えて故郷の感動をフィルムにおさめた。
i-Rideに乗れば、空から台湾の圧倒的な美を体験できる。