異郷での起業の夢
そんな時、「助けてくれる人が出てきたのです」と彼女は感謝の思いを込めて語る。娘の学校の担任の先生もその一人だった。当時、母親の苦労を見ていた娘は、先生との連絡帳に母のことを書いた。すると先生は、移民署が学校で推進していた「火،٢プラン」に協力を求め、大量の注文が入って商売はようやく好転していった。
今では業績は好調で、忙しい時には出荷のために6~7人の人手を必要とするほどだ。最も多い時には一週間、毎日2000個のケーキを出荷し、オーブンで焼いている間に仮眠をとるしかなかった。商売が軌道に乗るにしたがって、深夜から明け方にかけて忙しく働くのが日常になった。
同じくベトナム出身の楊氏紅錦も、阮美蘭の成功は容易なことではないと言う。「起業だけでも大変なのに、ましてや台湾へ嫁いできたベトナム人ですから」と言う。楊氏紅錦はメディアで阮美蘭の物語を知り、自宅から遠からぬ店を訪ねた。二人はすぐに打ち解けて友人となった。「お客から友人になり、その後は特美香の店員になりました」と笑う。出荷で忙しい時、阮美蘭は楊氏紅錦のように結婚や仕事のために台湾に移住してきたベトナム出身者に応援を頼む。
だが、普段は彼女一人ですべてを切り盛りしている。一晩中ケーキを焼き続けた後、正午にようやく一息つくと、今度は包装して配達に出る。今年初め、台湾の身分証明書を取得する前に、一足先に運転免許を取り、配達のための車を買った。経営者であり、ケーキ職人である彼女は、同時に配達員と営業も兼任している。
忙しく動き回る彼女に周囲の人は大変だろうと同情するが、彼女は少しも苦ではないと言う。13歳の時から家を離れて働いてきた彼女は、台湾に来る前にあらゆる辛酸を舐めてきた。故郷はホーチミンから車で2時間ほどの漁村で、父親が亡くなった後、母親は再婚し、数年後に妹が2人できたが、暮らしは楽にならなかった。
家計を助けるため、彼女は小学4年生の時から働いてきた。印象に残っているのは、アヒル追いをしながら、妹と一緒に海に魚を捕りに行き、市場で売って家計の足しにしたことだ。周囲の人は彼女の苦労を目の当たりにしているが、阮美蘭は恥ずかしそうに「辛くありません。台湾での生活は恵まれていますよ」と言う。
幼い頃から苦労を重ね、人に頭を下げてきた阮美蘭は、いつか人助けができるようになりたいと考えてきた。そこで、忙しい中、時間を作っては心身障害者が入居する世光教養院に無料でケーキを届けている。「ここに暮らす人々の笑顔を見るのが私の最大の喜びです」と言う。
3年余りにわたり、阮美蘭はケーキ作りとボランティアに取り組んできた。「思いついたことは何でもやる」という彼女は、昨年末、新竹県から模範新住民として表彰された。本人は何も知らなかったが、友人が応募してくれていたのだ。
数年前から肉食を断った彼女に、友人が送った言葉が厨房に貼られている。「苦難の中で慈悲を養い、変化の中で知恵を試す」
昔懐かしい味わいのケーキにより、特美香の知名度は高まったが、謙虚な阮美蘭は常に「まだまだです。もっともっと頑張らなければ」と答える。ごくありふれた言葉のようだが、阮美蘭は常に自分にこう言い聞かせてきたのである。
孤軍奮闘するだけでなく、阮美蘭は同じベトナム出身の新住民にも店を手伝ってもらっている。
原料を混ぜ合わせ、てきぱきと生地を型に流し込む阮美蘭。
オーブンに入れて30分、昔ながらのケーキの香りが広がる。
阮美蘭は心身障害者が入居する世光教養院の拙茁家園に無料でケーキを届ける。おいしそうに食べてくれる表情を見るのが何よりの楽しみだ。
幼い頃から厳しい環境で育ってきた阮美蘭は、いつかは人助けができるようになりたいと願い、今ではしばしば世光教養院に思いやりを届けている。
台湾に来て15年、苦労して始めた事業が認められ、昨年新竹県政府から模範新住民として表彰された。 (新竹県政府提供)