次の作品制作の機会を創出
「アニメ業界の人々が、無知で無鉄砲な二人を受け入れてくれたのです」と王小棣は振り返る。
麦人杰は当時すでに有名なアニメーターで、キャラクターデザインや絵コンテ、カット割りなどを担当し、声優まで買って出た。8ヶ月不眠不休の作業が続いたが「とにかく台湾にもオリジナルのアニメが作れることを世界に証明したかったのです」と言う。
『魔法阿媽』のポストプロダクションは韓国の会社に委託した。すると韓国側から1週間以内に250のキーフレームを出すよう求められて天手古舞の中、郭景洲や王登鈺、陳偉松らが支援の手を差し伸べてくれた。
王小棣は、台湾のアニメ産業にはしっかりした基礎があり、そこにオリジナルアニメを創りたいという若者の思いが加わって『魔法阿媽』の奇跡が生まれたのだと考える。台湾には豊かな創作エネルギーがあることには麦人杰も同意するが、現状では多くの監督が処女作は制作できても次の機会がないと指摘する。そのため多くの人材がこの産業を離れていってしまう。
では、台湾のオリジナルアニメーションはどう歩んでいけばいいのだろう。「まず、ずっと続けられる機会があることが重要です」と麦人杰は言い、香港映画を例に挙げる。香港はかつて世界第二の映画輸出基地で、毎年数えきれないほどの映画が制作されていたが、香港のある映画監督はこう語ったことがある。「映画は撮り続けなければ!さもなければ照明や雑用担当は失業してしまうじゃないですか」と。やり続けることで、その中から優秀な人が出てくるのである。
麦人杰と同様、原金国際(Engine Studios)の王世偉は、台湾にはクリエイターは大勢いるが、組織を統合できる人材が不足していると考える。アニメ作品の制作工程で言うと、コンセプト形成、フォーマット確定、チーム結成、予算編成、ストーリーの発展、美術、テスト、修正、ポストプロダクションからアウトプットまであり、市場の反響を見て、さらに次の企画にとりかかかる。ハリウッドが見ごたえのあるアニメを制作できるのは、これらのべ何千万回にも上る工程に経験を蓄積しているからだ。台湾のアニメ産業にはこうした経験蓄積の機会が不足しており、当然のことながら統合型の人材が育っていないのである。
またアニメは映画と違い、スター俳優や著名監督の名で売ることは難しく、資金集めも容易ではない。アニメ創作者は、企画から資金集め、マーケティングまで一人何役もこなさなければならないため、政府がアニメ発展に有利な環境を創出してくれればと麦人杰は考える。例えば、アニメ制作にリソースを提供した企業の減免税制度などがあれば、企業による支援は増えるだろう。また王世偉は、アニメ業界の中小企業の能力向上が重要だと考える。政府の補助金に頼っていては企業の生存能力は低下するばかりなので、銀行との交渉や融資などについて学ぶ機会があればと言う。
以前、麦人杰が『鉄男孩』を制作した時は、資産を売り払って2500万元を投じたが、2.5億の赤字に終わった。それでも作り続ける。「作り続けなければ、この世界で私たちは発言権を失ってしまいますから」と言う。ニューヨークのアニメ業界で10年近く経験を積んだ王世偉は、その安定した仕事を捨てて台湾で起業した。「この舞台に立って、私たち自身の文化や暮らし、価値観を発言しなければ」と考えたからである。
『魔法阿媽』を企画した黄黎明(右)。(稲田電影工作室提供)